クリスチャンたちは礼拝堂や神殿を建てるように命じられていない

8月 08, 2020 , 0 Comments

神が礼拝堂のように人の手で作られた構造物に住まわれないのなら、なぜ神はハガイ1:4-9に書かれているように、家を建てるようにイスラエル人に命じたのですか?そして、礼拝堂や神殿を建てないのであれば、どこで神を礼拝しますか?

これらは、「神が信者に神のために家を建てるように命じられた、そして、この家は礼拝堂または神殿であるかもしれない。そして、それらは神を礼拝するのに、唯一の正当な場所だ。」という考えを持っている人々からの質問です。

ソロモンが神のために神殿や家を建てたことは事実です。最初にそれを構築することを計画したのはダビデでしたが、この計画はソロモンの治世中に実現されました。

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列王記上 6:1
イスラエル人がエジプトの地を出てから四百八十年目、ソロモンがイスラエルの王となってから四年目のジブの月、すなわち第二の月に、ソロモンは主の家の建設に取りかかった。

非常に具体的な詳細は、聖句によって提供されています。ソロモンはイスラエル人がエジプトを出てから480年後に主の家を建て始めました。それはイスラエルの王として彼の統治の4年目でした。そして、それはヘブライ暦の2番目の月である月「Zif」から始まった。

その建設が完了すると、ソロモンはそれを神に捧げました、そして、その間に彼らはそこに神の存在を感じたという説明がありました。

それ以来、神はモーセを通してイスラエル人に、彼らが神を礼拝したり、十分の一を払ったり、彼らの焼かれた供え物やいけにえを捧げたりする時はいつでも、神の家に行くように命じられました。

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申命記 12:5
ただあなたがたの神、主がご自分の住まいとして御名を置くために、あなたがたの全部族のうちから選ぶ場所を尋ねて、そこへ行かなければならない。

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申命記 12:6
あなたがたは全焼のいけにえや、ほかのいけにえ、十分の一と、あなたがたの奉納物、誓願のささげ物、進んでささげるささげ物、あなたがたの牛や羊の初子を、そこに携えて行きなさい。

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申命記 12:7
その所であなたがたは家族の者とともに、あなたがたの神、主の前で祝宴を張り、あなたの神、主が祝福してくださったあなたがたのすべての手のわざを喜び楽しみなさい。

それは彼らが従わなければならない法律でした。彼らは、彼らの義務と神への誓いを果たすために、エルサレムのソロモンによって建てられた主の神殿までずっと行かなければなりませんでした。

しかし、彼らの一部がエルサレムから遠く離れて住んでいた人々もいたことで、彼らが提供するのが彼らの農産物の十分の一である場合、野菜や彼らの作物の果物や他の生鮮品など、彼らはそれらの品物を神殿まで持参する必要はありませんでした。代わりに、それらをお金に変換する必要があります。つまり、最初にそれらの品物を販売する必要があり、それらの商品の販売から調達する金額をエルサレムに持ち込む必要があります。

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申命記 14:24
もし、道のりがあまりに遠すぎ、持って行くことができないなら、もし、あなたの神、主が御名を置くために選ぶ場所が遠く離れているなら、あなたの神、主があなたを祝福される場合、

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申命記 14:25
あなたはそれを金に換え、その金を手に結びつけ、あなたの神、主の選ぶ場所に行きなさい。

残念なことに、時が経つにつれ、イスラエル人は礼拝し、祈り、供え物を主に供えていた主の神殿または家の世話を怠りました。彼らの過失故に、主の家は捨てられて荒廃しました。

イスラエル人の過失による神の家の破壊という周囲の状況は、ハガイ1:4-9での神の宣告の背後にありました。

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ハガイ書 1:4
「この宮が廃墟となっているのに、あなたがただけが板張りの家に住むべき時であろうか。

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ハガイ書 1:5
今、万軍の主はこう仰せられる。あなたがたの現状をよく考えよ。

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ハガイ書 1:6
あなたがたは、多くの種を蒔いたが少ししか取り入れず、食べたが飽き足らず、飲んだが酔えず、着物を着たが暖まらない。かせぐ者がかせいでも、穴のあいた袋に入れるだけだ。

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ハガイ書 1:7
万軍の主はこう仰せられる。あなたがたの現状をよく考えよ。

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ハガイ書 1:8
山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、わたしの栄光を現わそう。主は仰せられる。

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ハガイ書 1:9
あなたがたは多くを期待したが、見よ、わずかであった。あなたがたが家に持ち帰ったとき、わたしはそれを吹き飛ばした。それはなぜか。・・万軍の主の御告げ。・・それは、廃墟となったわたしの宮のためだ。あなたがたがみな、自分の家のために走り回っていたからだ。

主は、イスラエル人が実際に離れ離れになっているのを見ても気にならなかったので、神の家を当たり前のようなものだと見なした一方、それぞれの彼ら住居は細かく建設され、よく管理されてたことに対する神の憤りをイスラエル人に表明しました。

最終的に、イスラエルのこの神殿または宮は破壊されました。主イエス・キリストご自身は、マタイ24:15でその破壊を予言しました。

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マタイ 24:15
それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべき者』が、聖なる所に立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)

主イエス・キリストは、預言者ダニエルによって話された、聖地での忌まわしい荒廃について言及しました。この予言は、エルサレムの神殿の差し迫った破壊に言及していました。主イエスキリストによると、それは完全な破壊となり、「石がくずされずに、積まれたまま残ることは決してありません。 」と。

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マタイ 24:1
イエスが宮を出て行かれるとき、弟子たちが近寄って来て、イエスに宮の建物をさし示した。

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マタイ 24:2
そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「このすべての物に目をみはっているのでしょう。まことに、あなたがたに告げます。ここでは、石がくずされずに、積まれたまま残ることは決してありません。」

私たちの考えが「神を礼拝することは神殿や礼拝堂でしかできない」としたら、エルサレムの神殿で起こったことのように破壊されたとしたらどうでしょうか?

神殿が全滅したからといって、神を礼拝することができなくなったということですか?そうではないはずです。真実は、神殿や礼拝堂に行かなくても神を礼拝できることです。

主イエス・キリストがサマリア人の女性がヤコブの井戸にて彼女と会話したときに彼女に言及したことにより導かれましょう。

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ヨハネ 4:20
私たちの先祖は、この山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。」

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ヨハネ 4:21
イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。

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ヨハネ 4:22
救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。

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ヨハネ 4:23
しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

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ヨハネ 4:24
神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」

主イエス・キリストはサマリヤ人の女性に、神を礼拝するために山やエルサレムに行く必要がない時が来ると告げられました。そして、真の礼拝者が霊と真理で御父を礼拝する時も来ること。主イエス・キリストが話していた「時」こと、サマリア人の女性と話している間、まさにその瞬間にその予言が始まりました。

つまり、その瞬間に、神を礼拝したい人は、自分の家でも神を礼拝できるので、礼拝堂や神殿などの指定された場所に行く必要が無くなります。

そして実際には、神を礼拝するとき、スタジアムやコロシアムのような大きな会場で人々を強制的に集める必要はありません。主イエス・キリストによると、神の御名で2人または3人が集まれば、神は彼らの真ん中におられる、と。ですから、その場所とそこに集まった人々の数に関係なく、彼らが神の御名で集まっている限り、神は彼らの真ん中におられます。

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マタイ 18:20
ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」

これは、彼らが主イエス・キリストの教えへの信仰のためにユダヤ人によって迫害されている間に、使徒たちによって満たされました。当時の状況は彼らの安全を保証することでは無かったので、神殿に行くのではなく、彼らは、彼らの集まりを窓や扉が閉ざされた彼らの家にて保持しただけでした。そして、確かに、主イエスは彼らの真ん中に来られました。

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ヨハネ 20:19
その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」

状況が彼らと他の人々の安全を危うくしないならば、初期のクリスチャンは神殿に集まりました。しかし、状況が彼らの生活に脅威をもたらすならば、彼らは兄弟たちの家にだけ集まっていました。

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使徒 20:7
週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。そのときパウロは、翌日出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。

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使徒 20:8
私たちが集まっていた屋上の間には、ともしびがたくさんともしてあった。

これは、兄弟たちが神殿ではなく、家に集まり、使徒パウロの説教を聞いた時です。

主イエス・キリストが来られたとき、以前にイスラエル人によって信じられ、観察されていた多くのことを主キリストが修正して下さったことを理解する必要があります。それらの1つは、使徒パウロによって使徒17:24で言及されました。

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使徒 17:24
この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。

=====

上記の聖句で、使徒パウロは、神は天と地の主であり、世界とその中にあるすべての創造主でありため、神は人の手によって造られた神殿にとどまらないと仰せられました。しかし、マナロ氏のイグレシア・ニ・クリスト(INC)は、使徒パウロが宣言したことに同意しないようです。彼らの公式出版物で表明されているように、彼らは神の霊が礼拝堂や礼拝所に宿っていると信じているからです。

:英文:
We are summoned by the Lord God to serve Him in the Body or the Church of Christ. We have to worship Him in the house where His Spirits dwells, like the modern house of worship pictured above.

:翻訳:
私たちは主なる神に召され、からだまたはキリストの教会で彼に仕えます。私たちは、上の写真に写された現代の礼拝の家のように、彼の霊が住む家で彼を崇拝しなければなりません。

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聖書の神の御言葉を根拠として使用すると、マナロ氏のINCは、神の霊が礼拝の家に宿っていることを、彼らにとってどれほど壮大に見えても、かなり誤解していることは明らかです。

確かに、過去、特にイスラエル人の時代には、神の御霊が集まりに来られ、家や神殿に住まわれました。しかし、主イエス・キリストが来られたとき、集会はもはや神殿や礼拝所に限定されなくなりました。主イエス・キリストが来られた時、神権に変化があったことを忘れないでください。モーセから、今や神権を握っているのは主イエス・キリストです。ですから神権に変化があったので、法律にも変化がありました。

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ヘブライ 7:12
祭司職が変われば、律法も必ず変わらなければなりませんが、

それが、主イエス・キリストが初期のクリスチャンたちに、神を崇拝して集会を開催するための礼拝堂や寺院を建てるように指示したことを述べている節が聖書にない理由です。

神権が変更された時、契約も変更されました。

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ヘブライ 8:7
もしあの初めの契約が欠けのないものであったなら、後のものが必要になる余地はなかったでしょう。

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ヘブライ 8:8
しかし、神は、それに欠けがあるとして、こう言われたのです。「主が、言われる。見よ。日が来る。わたしが、イスラエルの家やユダの家と新しい契約を結ぶ日が。

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ヘブライ 8:9
それは、わたしが彼らの先祖たちの手を引いて、彼らをエジプトの地から導き出した日に彼らと結んだ契約のようなものではない。彼らがわたしの契約を守り通さないので、わたしも、彼らを顧みなかったと、主は言われる。

神は新しい契約を作りました、そして、この新しい契約は主キリストが地上に来られたときに主イエス・キリストによってもたらされました。しかし、純粋に肉体的な条例であったモーセの神権期間中の契約とは異なり、主イエス・キリストの神権の下の契約は、より霊的な側面にあります。

ですから、キリスト教の神権時代において、礼拝やその他の集会が開かれるべき場所はもはや問題ではありません。事実、1世紀後半のクリスチャンたちは兄弟の家にも集まりました。

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ローマ 16:3
キリスト・イエスにあって私の同労者であるプリスカとアクラによろしく伝えてください。

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ローマ 16:5
またその家の教会によろしく伝えてください。私の愛するエパネトによろしく。この人はアジヤでキリストを信じた最初の人です。

プリスカとアクラは夫婦でした。二人とも神の従者でした。そして、彼らの家は教会の集まりの場として役立っていました。

ラオデキアの兄弟たちは、同様に別の兄弟の家に集まりました。

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コロサイ 4:15
どうか、ラオデキヤの兄弟たちに、またヌンパとその家にある教会に、よろしく言ってください。

クリスチャンたちは神殿や礼拝堂を建てるように命じられていません。何故なら、彼らは家の中や借りた場所でさえ集会を開くことができるからです。実際、キリストの使徒の間には、誰も神殿や礼拝堂を建てず、兄弟たちに建てるようにとも指示されませんでした。彼らは、主イエス・キリストが仰せられたように、真の礼拝者はもはや長い旅をして、神を礼拝するために指定された場所に行く必要がないと仰せられました。彼らは、霊と真理で父を礼拝するべきだからです。

主イエス・キリストの特定の布告が現在より適切であると言えます。特に、今時、人類全体が危機を経験しています。

汎流行があります。人々はウイルスの伝染を防ぐために自分の住居から出ることを思いとどまり、他の国では公共検疫と閉鎖が実施されています。

このような状況を考えると、礼拝堂や礼拝所に行くよりも、それぞれの家で神を礼拝するほうが賢明だと思います。

Members Church of God International(国際的・神の教会の会員たち)に関係ある限り、閉鎖、公共検疫、政府による旅行制限にもかかわらず、私たちはまだまだ神を礼拝し、会衆の一定の集まりを行なうことができます。会員たちが安全であるそれぞれの住居にです。私たちは、現代の通信技術を使用して集まることができます。

このようにして、私たちは政府の政策を順守することができ、同時に主イエス・キリストが仰せられたこと・・・

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ヨハネ 4:23
しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

を実現することができます。 アーメン!

免責事項

この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

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真の礼拝は教会の集まりに出席することを越えるもの

8月 07, 2020 0 Comments

神を礼拝することは、霊と真理をもって神を礼拝することです。そして、霊と真理に主を礼拝することは、教会の集まりに出席すること、主の為に賛美歌を歌うこと、そして礼拝堂または礼拝の家の中で主の教えを聞くことだけに限定されていません。
これらの行為が神を礼拝し奉仕することの完全な意味を構成しない場合、どうすれば神を正しく礼拝し奉仕できるでしょうか。

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ローマ 12:1
そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。

神を礼拝して仕える正しい方法は、私たちの体を生ける供え物として神に捧げることです。これは私たちの霊的な礼拝行為でもあります。

明らかに、クリスチャンに教えられている礼拝の種類は、旧約聖書のイスラエル人が実践していた礼拝の種類とはまったく異なります。当時は、神を礼拝する人々は、既に虐殺されていた牛、羊、子羊、山羊等を捧げなければなりませんでした。そして、それらの獣の血は神殿にまき散らされました。

しかし、キリスト教の神権時代において、私たちクリスチャンが神に供えるすべきものは私たち自身の体です。私たちの体は、私たちの生ける供え物と、神への合理的または霊的な礼拝としての役割を果たします。クリスチャンが神に捧げるすべきなのは金銭的な寄付だけではありません。私たちが神に捧げるべきであるもっと重要な供え物があり、それは私たち自身の体です。そうすることで、私たちは神を正しく礼拝することができます。

問題は、私たちの体を神に受け入れられる神聖な生ける犠牲にするにはどうすればよいかということです。

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ローマ 6:13
また、あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者として、あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。

私たちは自分の体のそれぞれの部分を神の義の道具として使用し、不義や罪の道具として使用していないことを確認しなければなりません。私たちは、ヨブが自分の時代に行なったように、私たちの体を同胞のために善行に使う必要があります。

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ヨブ記 29:15
私は盲人の目となり、足なえの足となった。

つまり、苦痛を抱えている人々に救いの手を差し伸べる場合、または視覚障害者が行きたい場所にその人を導く、または案内するなどの身体障害者に対するサービスを提供する場合には私たちは既に神を礼拝することができます。つまり、体を使って他の人に仕える度に、自動的に神を礼拝しているのです。

しかし、例えば、指を使って銃の引き金を引いて人を殺したり、舌を使って他人を騙す場合や、妻や子どもを殴ったり平手打ちしたりする場合は、あなたは自分を不義の道具にしています。事実、あなたはサタンを喜ばせることをしているので、あなたはサタンに仕えていることになります。

私が指摘したいのは、例え、礼拝堂にいなくても、私たちは神にまだ礼拝し、仕えることができるということです。私たちは、家にいても、職場にいても、学校にいても、道通りにいても、他の場所にいても、神を礼拝し、仕えることができます。

使徒パウロによると、地球の創造主であり、神様である神には、人の手によって直接、仕えることができません。

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使徒 17:25
また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。

それにもかかわらず、私たちは、同胞のために義を行なうことにおいても、私たちの手だけでなく、全身を用いて神に霊的奉仕をすることができます。

今時、全世界は非常に困難な時期を経験しているので、今は私たちが神の義の道具になることができる非常に良い機会だと思います。確かに多くの人が物質的な助けを必要としていることは事実ですが、それでも多くの人が、聖書の神の御言葉からしか得られない祈りと慰めと安心の御言葉を必要としています。神の御助けがあれば、私たち自身なりに出来る少ししかないことでも、私たちが他の人にこれらのことを提供する器になることができると私は確信しています。アーメン。

免責事項

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よく差別されているトランスジェンダー(性転換)の人々は神に受け入れられています

7月 26, 2020 0 Comments


とあるトランスジェンダーから、私たちのテレビ番組を定期的に見ることで、神と主イエス・キリストの教えを理解することができたと言われました。そして時が来て、その人は神に仕えたい、私たちのほとんどのように救われたくて、神の教会の一部になりたいという熱心な欲望をその人の心に感じたのです。

しかし、その人の性同一性のために、その人は質問をしました。自分のようなトランスジェンダーがまだ神に受け入れてもらえるかどうか、そして自分が神の教会に入ることができるかどうかを尋ねてきました。

これらの否定的な考えは、トランスジェンダーである人々について、そしてLGBTQコミュニティのメンバー全体について、そのような人たちが「まっすぐな」男性と女性にならない限り、その人たち悪魔のもので、決して救われることができないとその人が他の宗教指導者や牧師から聞きました。。神に属すると主張する説教者の口から直接そのような声明を聞くと、LGBTQ人は自分の事を救済に値しない、相応しくない人だと思い込ませられました。

しかし、それらは説教者の単なる言葉であり、神の御言葉をほとんど理解していないと私はあの人に話しました。

聖書によると、神が望んでおられるのは、すべての人が救われることです。

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テモテ 一 2:4
神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

節は「すべての人(英語版では all men)」と言っているのですが、それは人類全体を網羅しています。 「まっすぐな」男性と女性だけに限定されるものではありません。LGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア)コミュニティやその他の性的自己同一性が含まれます。

神は、トランスジェンダーである人々を含むすべての人々に救いの機会を与えています-例えトランスジェンダーの人がたまたま手術や過去に何らかの医療処置を受けたとしても。主に、これはその人がまだキリスト教の教義を知らなかった頃、そしてその人がまだ真実の知識を持っていなかった頃にそれらのことを犯したことであり、その人のような人々は神の教会に居場所を持っています。

実際に、教会のとある会員がかつて私に自分がトランスジェンダーであることを告白したことがあります。その人は男性として生まれましたが、教会の会員になる何年も前に、その人の性器をその人の性同一性またはその人が内部で感じる性別に一致させるための手術を受けました。したがって、その人の男性の性器は取り除かれ、女性の性器に取って代わられました。

しかし、その人は主イエス・キリストの教義を受け入れ、過去の罪がすべて赦される聖なるバプテスマを受けた後、神の憐れみを受けました。それから、その人は新たに人生を始めました。その人は以前の生活様式から背を向け、その人は神と主イエス・キリストへの忠実な奉仕に人生を費やし始めました。「まっすぐな」人であるふりをせずに、その人が理解したクリスチャンの道徳的基準を厳密に守っていました。そして、神の御助けを得て、今でも信仰を堅持しています。

神は、思いやりがあって公正で、憐れみ深い方です。神は無知故の行為に対して誰にも責任を負わせません。また、使徒パウロも神の憐れみと思いやりを体験しました。

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テモテ 一 1:13
私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。それでも、信じていないときに知らないでしたことなので、あわれみを受けたのです。

使徒パウロは過去に重大な罪を犯しました。彼は初期のクリスチャンの冒涜者であり、迫害者でした。それにもかかわらず、彼は神から慈悲を得ました。彼はそれらすべてのことを「無意識のうちに不信仰故」に行なったので彼は赦されました。

自分が内面で感じる性別に対応する性同一性を提供した医療手続きに身を委ねたトランスジェンダーの人は、神の御言葉を理解する前の間にその人がそれらの事をやってしまった事ならば、神の憐れみを得ることができます。神の教会の管轄外。その人も「無知故」で使徒パウロが赦されたような事と同じ方法でまだ赦されます。

その人が手術を受けた場合、その人は、医者がその人の肉体に行なった変更を元に戻すことはで出来ませんし、その人はそれから取り除かれたものを復元することもできません。しかし、それは使徒パウロのように、その人がそれらの事を「無意識のうちに不信仰故」したので、救済からその人を完全に失格とはされません。

現代の多くの宗教団体が、すべての事に責任がなく、罪がないかのように、そしてすべての人が性同一性の問題を抱えていないかのように、見せかけと偽善に満ちていることをどうしょうもないのです。例えば、偽牧師や詐称者は、同性愛者や同性愛者を組織で受け入れません。何故なら、その者たちによれば、第三の性に属する人々は神ではなく悪魔によって創造されたからだそうです。

そのような残酷な宣言は、神の御心についてのその者の無知さを示​​すだけです。聖書にはそれらの主張の根拠はありません。先に引用した節によると、神はすべての人が救われて真理の知識に来ることを望んでいるので、実際には、それは聖書の言う事と逆です。

聖書は、人の性別を問わず、主イエス・キリストの教えに身を委ねた瞬間、その人は新しい人になることを教えています。

その人は、神と主イエス・キリストの教えを学び、それらを受け入れた後に神の教会の管轄に身を委ねると、その人がこれまでやっていたことをやるべきではないことを理解しなければなりません。つまり、その人はもはや同性の関係に従事するべきではない、その人はもう化粧を身に着けるべきではない、その人は品のない装飾をすべきではなく、そして、その人はもはや世俗的な喜びでその人の人生を費やすべきではありません。その代わりに、その人は主イエス・キリストの教えに従って生活を始めるべきです。

キリストに属する人は、誰もが今や新しく造られた者として見なされます。

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コリント 二 5:17
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

そんな人たちの過去は下記の通りです

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コリント 一 6:9
あなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。だまされてはいけません。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、

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コリント 一 6:10
盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することができません。

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コリント 一 6:11
あなたがたの中のある人たちは以前はそのような者でした。しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです。

ですから、トランスジェンダーの人が現在キリストに属するなら、その人は自動的に新しく造られた者になります。その人は今やその人の目に見える明確な,な変化があるという意味で新しく造られた者であると考えられています。必ずしも、人の外見や性同一性ではなく、その人の生き方についてです。その人はもう酒を吸ったり飲んだりせず、バーやカジノに行くことも、乱暴に話す・行動することもありません。その人の生き方は現在、キリストの教えによって懲らしめられ、主イエス・キリストの人格に倣ってその人の全体が形作られているため、その人は更生しました。トランスジェンダーの人ではあるが、この「新しく造られた者」は神に受け入れてもらえられない、と言う者はあえて愚か者だけだろう。

神は、トランスジェンダーである人々やLGBTQコミュニティの他の残りの人々を含む、神に戻る人々全員を歓迎してくださいます。その場合、その人たちは神の教会でも歓迎されます。そこでその人たちは幸せでゲイのクリスチャンになることができます。

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人気なタガログ語の諺が聖書的な変身を得る

7月 19, 2020 0 Comments


人気なタガログ語の諺「Nasa Dios ang awa、nasa tao ang gawa」(慈悲は神にあり、行動は人にある)は、人間が神から慈悲を得る前には、まず働かなければならないことを意味します。

申し訳ありませんが、聖書の御言葉ではないので、その諺には完全には従いません。その代わりに、働くのは神であり、慈悲を与えるのも神であると私たちは信じるべきです。

まず第一に、あなたが働いているとき、あなたは慈悲に値しません。あなたは報酬または補償に値します。慈悲というのは、そのためにあなたが働かずとも得るものです。

神の慈悲を得るには、まず悔い改める必要があります。その後、神はその人の内で働かれるでしょう。働くのは神です。

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コリント 一 12:6
働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。

私たち人間はすべての善行を実行不可能ですが、私たち全員の中で働いているのは神です。

神は人の中で様々な働きをされます。人が心の中で善行をしたいという願望を感じ始めたら、それは神がその人の中で働いておられていることの証明、または現われです。

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フィリピ 2:13
神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。

神は、人々が善行をしたいという願望を与えます。今日、多くの人がやりたいことは、自分のためになることだけです。他人のために善行をすることは、常に自然的に、または自然に人の心から湧き出る訳ではないので、他人のために善行をしたいという願望で心を神が満たして下さいます。

繰り返しますが、慈悲といのは私たちが働いたからではなく、悔い改めた時に神が私たちを赦し、受け入れてくださったからです。神は私たちの内で働いておられるので、私たちは心に善行をしたいという願いを感じます。そして、神は私たちに善行をするように勧めるだけではありません—私たちがやりたいと願っている善行を成し遂げるのを助けるでしょう。神無しでは何もできないからです。

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フィリピ 2:13
神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。

ですから、働くのは人間だと言うのは聖書的ではありません。働くのは神であり、慈悲を与えるのも神です。人間は自分で何もできない。人間は神の御助けを必要としています。生命、力、資源、善を行う意志でさえ人間を支えているのは神です。実際、人間は一般的に、神の摂理に依存しています。

神は慈悲深い方です。実際には、仕える子にも慈悲深い普通の人間の父親よりも神は更にに慈悲深い方です。

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マラキ書 3:17
「彼らは、わたしのものとなる。・・万軍の主は仰せられる。・・わたしが事を行なう日に、わたしの宝となる。人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。

神が人間から求めておられている唯一のことは、人間が神の元へ戻り、神の条例を守ることです。

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マラキ書 3:7
あなたがたの先祖の時代から、あなたがたは、わたしのおきてを離れ、それを守らなかった。わたしのところに帰れ。そうすれば、わたしもあなたがたのところに帰ろう。・・万軍の主は仰せられる。・・しかし、あなたがたは、『どのようにして、私たちは帰ろうか。』と言う。

私たちは悔い改め、神の元に戻り、神の御言葉を受け入れる必要があります。私たちが神の御言葉を受け入れたとき、それから初めて、私たちが利益を得るためにすべきこと-(神様の慈悲の方ではなく)-神からの報酬のために取り組むことが出来るようになります。神の慈悲に値するように努力するのではなく、神の報いに値するように努力すべきであることを忘れないでください。

神が人間の中で働いておられてることのもう一つの現われは、人間が過去に犯した罪を悔やみ、悔い改めた時です。

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ローマ 2:4
それとも、神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と忍耐と寛容とを軽んじているのですか。

人間を悔い改めに導くのは神の良さと優雅さです。

また、あなたが犯した罪を悔い改めたと感じる時、それはまた、あなたが神無しでは無力であると知り、あなたが服従するために自分を差し出す宛てとなる「強力な存在」を認めていることを意味します。

私たちの誠実な悔い改めは、神の慈悲に値します。それは、私たちにとって非常に重要です。覚えておいてください、ニネベの人々は彼らの違反を心から悔い改めたので、神の慈悲に値しました。神は、ご自身が持って来るつもりだった災いからニネベの人々を救いました。

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ヨナ書 3:10
神は、彼らが悪の道から立ち返るために努力していることをご覧になった。それで、神は彼らに下すと言っておられたわざわいを思い直し、そうされなかった。

あの時までに、ニネベの人々は誤りへ導かれていました。彼らは、ソドムとゴモラの人々のように暴力と性犯罪に従事していました。

彼らに降りそうな差し迫った破滅について警告するために、彼らの元へ神が預言者ヨナを遣わされたのはそのためです。預言者の言葉を聞くと、ニネベの人々はすぐに悔い改めました。彼らは悪事から離れ、断食し、熱心に祈りました。

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ヨナ書 3:5
そこで、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者から低い者まで荒布を着た。

ソドムとゴモラの人々は非常に罪深い生活を続けました。それ故、彼らには硫黄と火が降り注いだのです。

しかし、彼らとは異なり、ニネベの人々は神を認め、悔い改め、邪悪から背を向けたので、神の罰から免れました。

私たちも神の慈悲に値するように、この世代の人々がニネベの人々がしたことをするように願っています。今日の世界を悩ます汎流行からも免れるためです。

働くのは神です。慈悲を与えるのも神です。そして、神の慈悲によって私たちは救われることが出来ます。

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キリストの来臨と裁きの日についての誤解に光を当てること

7月 12, 2020 0 Comments


現在のほとんどすべての宗教に共通していることが1つあるとすれば、「主イエスキリストが戻られた時、それは主のsecond coming(二度目の来臨)であり、その日は既に裁きの日になる。」と彼らは信じています。申し訳ありませんが、そうは思いません。

まず第一に、聖書には「second coming(二度目の来臨)」という言葉はありません。 「second coming(二度目の来臨)」への信念は、ラムサ氏の無謀で誤った聖書の翻訳の結果でした。実際、現在に利用可能な聖書の多数の翻訳のうち、ラムサ翻訳版だけが「second coming(二度目の来臨)」という用語を使用しました。他のすべての翻訳は使用しませんでした。残念なことに、ラムサ氏は多くの宗教に影響を与え、誤解を与えました。そのため、現在多くの人々が、キリストの地上への来臨が主のsecond coming(二度目の来臨)であると考えています。

主イエス・キリストが再び来ることは確かですが、それは主のsecond coming(二度目の来臨)でも、すぐに裁きの日になることでもありません。キリストは再び来られます。主が戻られた時、主は死者全員ではなく、主のうちにいた人たち、つまり主の教えを成就して死んだ人たちだけを蘇らされます。これは、第一の復活と呼ばれています。しかし、地上でのキリストの千年間の支配がまだ残っているため、それはまだ最後の裁きの日にはなりません。

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黙示録 20:6
この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。

第一の死者の復活は、キリストが戻られた時に実現されます。第一の復活の一部となる人々は、神とキリストにあっての祭司になり、彼らは地上で主と共に千年の間支配します。

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コリント 一 15:24
それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、国を父なる神にお渡しになります。

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コリント 一 15:25
キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。

千年の間、キリストはすべての支配、すべての権威、すべての力を従わさせなければなりません。。主はすべての悪を打ち負かします。

千年の間の後に最後の裁きの日が来ます。キリストが裁きをなされます。

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コリント 二 5:10
なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

私たちは主の来臨に備えなければなりません。祝福されたと見なされる人々の中にいるためには、主が来られたとき、私たちが御心を行なっていることを主に見られることが非常に重要です。

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マタイ 24:46
主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見られるしもべは幸いです。

主イエス・キリストが天国に昇られる前に、主は使徒たちに、すべての国々に主の戒めを教えるという特定な指示を残しました。

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マタイ 28:20
また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

キリストは、私たちに主のすべての戒めを守ってほしいと望んでおられます。イエスが戻られた時に私たちが主の教えと戒めを満たしていることを見られたら、私たちは祝福された者と見なされます。

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黙示録 22:12
「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。

そうです。キリストは再び来られます。しかし、繰り返しになりますが、主は既に2回以上も地球に来られていましたので、主のsecond coming(二度目の来臨)にはなりません。例えば、イスラエル人たちが荒野にいた間、主は彼らを追っていて、岩の形で主はご自身を彼らに示しました。

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コリント 一 10:3
みな同じ御霊の食べ物を食べ、

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コリント 一 10:4
みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。

主イエス・キリストは、イスラエル人たちに続く岩であり、荒野にいる間に彼らに水を飲ませる岩でした。つまり、主が肉体で現れる前に、主は既に(岩の形で)地上に来ていました。

主が地上に来られたもう一つの例は、私たちを罪から贖うために人間の形を取っておられ、マリアが主を産んだ時でした。

なので、主が再び次に来られる時、それは主のsecond coming(二度目の来臨)ではありません。

実際、私が引用した例に加えて、キリストは既に何度も地球に降りては、天国に昇っていたのです。

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箴言 30:4
だれが天に上り、また降りて来ただろうか。だれが風をたなごころに集めただろうか。だれが水を衣のうちに包んだだろうか。だれが地のすべての限界を堅く定めただろうか。その名は何か、その子の名は何か。あなたは確かに知っている。

私たち全員が知っているように、すべてのものは神と神の御子によって創造されました。そして、創造の間、キリストは地上に降りたり、天に昇られたりしました。ですから、キリストが次に再臨された時、それはキリストのsecond coming(二度目の来臨)ではないという意味です。

主イエス・キリストは再び来られます。それは間違いありません。しかし、それが主の3度目、4度目、または5度目の「来臨」かどうかについては、正確には分かりません。しかし、一つ確かなことは、それが主のsecond coming(二度目の来臨)でも、最後の裁きの日にもならないということです。

免責事項

この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

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愛することは、他人を安全に生きるようにさせること

7月 06, 2020 0 Comments


新型コロナウィルスの汎流行が人類に脅威を与え続けている今、全世界は全く無力です。専門家はこの疾患に適切な薬とワクチンを見つけることを目的とした臨床試験と研究の実施を決して止めませんが、世界の健康危機は少なくとも近い将来までにはまだに終わらないようです。

人間ができることには限界があるので、私たちが今必要としているのは神の介入であることは間違いありません。人間の制御に及ばないものがありますが、それらは神によって制御可能です。そして、人間の能力を超えているものがありますが、それらは全能の神によって簡単に処理できます。

数え切れないほどの機会に、神は信者と非信者の両方にご自身の全能さと御力を証明しました。例えば、モーセの時代には、多くの驚くべき神の行ないがエジプト人によって目撃されました。パロがイスラエル人を解放することを拒否したとき、神はパロの家臣を含むすべてのエジプト人の家庭を満たしたエジプトの国にアブの群れを送りました。パロはモーセに呼びかけ、アブたちを追い払うよう神に懇願するようにモーセに要求しました。モーセはパロがイスラエル人をすぐに解放するという条件に同意しました。

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出エジプト記 8:31
主はモーセの願ったとおりにされたので、あぶはパロとその家臣およびその民から離れた。一匹も残らなかった。

当時のエジプトの国がどれほど強力だったかを考えると、それでもアブの群れを追い払うことはできませんでした。しかし、モーセが神に祈ったとき、すべてのアブたちは追い払われ、アブは一匹も残されませんでした。

アブは神の創造物です。すべての生き物の創造者として、神はそれらのすべてを完全操作する御力を持っておられます。このように、アブたちだけではなく、パロがイスラエル人を解放するという自分の約束を破り続けたことでエジプトのすべての土地の上に上がったイナゴたちさえ追い払った。

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出エジプト記 10:19
すると、主はきわめて強い西の風に変えられた。風はいなごを吹き上げ、葦の海に追いやった。エジプト全域に、一匹のいなごも残らなかった。

神からの単純な命令で、強力な西風が吹き、イナゴを追い払い、葦の海に追いやりました。

間違いなく、神の無限の御力によって、神は今の世界に蔓延するこの新型コロナウイルスに対しても同じことをすることができます。神はウィルスを追い払い、おそらく別の惑星に投げ込むこともできます。どうでしょう?すべてのウイルスは、神の御力に抵抗するには小さすぎます。

但し、私たちが最初に、私たちの違反に対する真の悔い改めと、神の教えを受け入れ、守る意欲を神に示しましょう。そして、神は私たちの誠実さを見て、確実に私たちに憐れみをお与え、私たちをこの疫病から救って下さいます。。

悪病と疫病は人間の罪深さの結果として起こります。だからこそ、私たちの誠実な悔い改めは、この疫病を終わらせる上で神が考慮すべき要因となり得るのです。ニネベの人々がしたことだけを倣えば、疑いもなく、彼らがしたように私たちも神の憐れみに値するでしょう。

彼らが預言者ヨナから神が彼らを滅ぼすことを知ったとき、ニネベの人々は時間を無駄にしませんでした—彼らは彼らの不正を悔い改め、断食し、彼らの邪悪な道を背き、熱心に神に祈りました。神がニネベの人々がしたことを王から市民の最も低い人までを見たとき、神は彼らに降りかかるはずの破壊を差し控えたのです。それで、ニネベ全体が救われました。

これが、私が絶え間なく祈るように皆に常に訴えかけている理由です。神が最強であるため、神の憐れみを呼び起こしてみましょう。神だけがこの汎流行から私たちを救うことができます。神だけが、致命的なコロナウイルスを追い払い、根絶する御力さえ持っています。

現在、死者の数は依然として数千人にのぼり、新型コロナウィルスで亡くなった人々が適切な埋葬を受けられなくなった場所もあります。

実際、そのようなことが起こったのはこれが初めてではありません。聖書でさえ、死亡後にもはや埋葬されなくなった人々がいて、彼らの愛する人は彼らの死を嘆き悲しむ機会が与えられなかったと述べています。

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エレミヤ書 25:32
万軍の主はこう仰せられる。見よ。わざわいが国から国へと移り行き、大暴風が地の果てから起こる。

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エレミヤ書 25:33
その日、主に殺される者が地の果てから地の果てまでに及び、彼らはいたみ悲しまれることなく、集められることなく、葬られることもなく、地面の肥やしとなる。』」

人類は、以前の疫病の間、具体的にはスペインのインフルエンザと腺ペストの襲撃中に、伝統的な葬儀や埋葬式を行わずに死者全員を集団墓地に葬ったときに、これらを既に経験していました。同様に、家族は亡くなった愛する人たちを嘆き悲しむ機会を与えられませんでした。そして、私たちの世代にも同じことが起こる可能性が非常に高いのです。

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コヘレトの言葉 3:15
今あることは、すでにあったこと。これからあることも、すでにあったこと。神は、すでに追い求められたことをこれからも捜し求められる。

過去に起こったことは再び起こります—過去に起こった善悪が人々に再び起こる可能性があります。それはすべて、私たちの創造主に対する態度と私たちが神をどのように考えているかにかかっています。私たちが熱心で神に反抗していると、悪いことが繰り返されます。しかし、私たちが神の元に戻って、私たちの真の悔い改めと神に従いたいという願いを神に示したなら、良いことが繰り返されます。

今の世界は、新型コロナウィルスと戦うことができるワクチンを見つけることに絶望的であることがわかります。しかし、まだ何も見つからない間に私たちにできる最善のことは、宗教を除けば、政府によって課された健康手順を遵守し、祈ることです。つまり、私たちのこの存在物語の非常に困難な章を克服できるよう、神の御心でこの汎流行を生き抜くことができるように祈りましょう。しかし、神の御心がそうでなければ、私たちの人生は神の御手にかかっているので、私たちは心からそれを受け入れるべきです。その上、全能の神はご自身のしもべたちのために何が良いかを知っておられますから。。

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ローマ 8:28
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

神は、神を愛する人のためにすべてのものを変えることができます。神を愛することは神の戒めに従うことであり、その一つは同胞を愛することです。

多くの国では、新型コロナウィルスで亡くなったすべての人を火葬することを義務付けています。おそらく、亡くなった愛する人を火葬することを誰もが望んでいるわけではありませんが、それでも伝染を止めるのを助かるための一つの方法であるので、人々は健康専門家の指示に屈する必要があります。人々が「それぞれの伝統的な埋葬の儀式を遵守せよ」主張するならば、死者を弔う人々とそれぞれの家族であろうすべての人々が感染するという大きな可能性があるからです。

実際、火葬や死体の焼却は、旧約聖書の時代に遡ります。しかし、それは別の状況の下で行なわれました。今日、新型コロナウィルスの犠牲者は、イスラエル人の時代にウイルスがより多くの人々に感染するのを防ぐために火葬されました。生きたまま火で焼かれる者たちは、卑劣な行為または邪悪な行為を犯した人々に対する神の罰でした。

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レビ記 20:14
人がもし、女をその母といっしょにめとるなら、それは破廉恥なことである。彼も彼女らも共に火で焼かれなければならない。あなたがたの間で破廉恥な行為があってはならないためである。

配偶者とその子の両方を娶る人は、神にとっては忌まわしいです。したがって、その三人は火で焼かれる死刑で処されます。

この種の罰を与えることは、神がイスラエルの人々に忌まわしい行動を取ることを抑止し、彼らが神を恐れるようにするための方法でした。

しかし、すべての死者が火で焼かれて死んだ訳ではありません。アサ王にしたように死者の遺体が埋葬された事例もあった。

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歴代誌下 16:12
それから、アサはその治世の第三十九年に、両足とも病気にかかった。彼の病は重かった。ところが、その病の中でさえ、彼は主を求めることをしないで、逆に医者を求めた。

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歴代誌下 16:14
そこで、人々は、彼が自分のためにダビデの町に掘っておいた墓に彼を葬り、香料の混合法にしたがって作ったかおりの高い香油や香料に満ちたふしどに彼を横たえた。そして、彼のために非常にたくさんの香をたいた。

主イエス・キリストが復活させたラザロも墓に葬られました。

現在の状況では、新型コロナウィルスが原因で亡くなった人々の火葬は、論理的で高貴なことのようです。あなたが他の人の福祉を気にかけ、本当に彼らを愛しているなら、あなたは多くの人の安全のために個人的な感情を犠牲にするでしょう。

それには聖書の根拠があります。

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コリント 一 13:3
また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。

同胞への愛情により、他人に感染させたくないために死体を火葬にさせる場合、あなたは非常に英雄的なことをしています。それは実際、愛情の仕草です。

自分たちの信仰と原論に堪えたことで生きたまま火に焼かれる死刑で死亡した人々もいました。彼らがカトリック信仰を受け入れることを拒否したために火に焼かれる死刑30万人、主にクリスチャンたちに起こったことのように。

実際、教える皇ヨハネ・パウロ2世が死ぬ前に、彼は、カトリック教会がそれらの人々に対して犯した残酷さについての赦しを懇願しました。 Foreign Post, March 16-20, 2000; Volume 8, No. 370. (2000年3月16日〜20日、外国郵便。第8巻、370号)に掲載されました。


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:画像の英文の日本語訳:
私たちをお赦してください。バチカン市—ローマ教皇教会の歴史において前例の無かった公の告白の中で、聖ピーター大聖堂の十字架像の前で悔い改めて抱擁した教皇ヨハネ・パウロ2世は、過去2000年間にわたる教会の罪に対すの赦しを日曜日に求めました。教皇は、特に十字軍と異端審問で火に焼かれる死刑にされた30万人に言及しました。

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カトリック教会に反対した人々、偽りの神々や偶像を崇拝したくない人々は異端者と見なされました。したがって、彼らは「聖なる異端審問」と呼ばれるものによって危機に瀕して焼かれました。

ですが、「死体」の火葬自体には特に問題はありません。特に、生きてる他人への愛情のために死体を火葬している場合はそうです。死の際になってもなお、愛情故に同胞のために何かをすることができました。そして、あなたは彼らを愛しているから、彼らに感染してほしくない。

他人への愛の重要性をさらに強調するために、コリント一13:3 もう一度引用させてください

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コリント 一 13:3
また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。

あなたが愛情を持っていれば、他人が安全に生きるようにさせます。

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汎流行によって打ち明けられた偽宗教の指導者の偽善

6月 28, 2020 0 Comments


確かに、自宅待機は新型コロナウィルスの拡散に対する一つの効果的な対策です。しかし、多くの市民は、それぞれの家族の生活必要品、特に日常生活の食糧を心配しているため、危険度にも拘わらずに外出を余儀なくされています。

真実、恵まれない同胞たちを助けるために私たちはみんな手を組むのなら、誰も飢えないでしょう。空腹で死ぬ人はいません。

Members Church of God International(国際的・神の教会の会員たち)では、封鎖中と公共検疫が引き起こされている中で多くの人々が経験している厳しい試練に気づいています。ですから、謙虚ながらも私たちの方法で、兄弟姉妹だけでなく、同胞にも食糧や医薬品などの本質的な生活用品を提供するために最善を尽くしています。また、健康に関する問題に対応する24時間年中無休のデジタル・クリニックも設置しています。

この世界的な健康危機では、政府の負担を軽減し、同胞の苦難を軽減するために、あるいは少なくとも、様々な宗教団体のそれぞれの会員や信者たちだけのことなら、様々な宗教団体によって多くのことはできます。これは、様々な宗教団体の指導者らは、自分らの会員や信者たちの福祉を本当に気に掛け、彼らが自分らの会員や信者たちから金銭的寄付を集めるだけではないこと自分らの会員や信者たちに示すことができる時期です。様々な宗教団体の指導者らはいつでも自分らの会員や信者たちの日々の生活に必要なものを提供することができるはずです。

しかし、物質的なものを与えることは別として、これはまた、使徒やキリスト自身であると自己主張する宗教指導者らは、彼ら自身の要塞から出て、宗教指導者らが主張している「自分が持っている超能力」を使い、この疫病を止めて、病院やその他の医療施設で生きるために必死で闘っている人々を癒すのに最適な時期でもありますし、彼らが「本物(の聴力者)であって単に悪用者(利益だけ欲しい)のではないことを人々に証明する機会です。

彼らが本当の使徒・本当のキリストであるならば、病気を治してウイルスを根絶することは、彼らにとってとても簡単なはずです。しかし、なぜ彼らは何もしていないのでしょう?彼らは、苦しんで死ぬ人々を気にしないのでしょうか?なぜ彼らは、聴覚障害者や新型コロナウィルス感染症の患者の悩みを知らないフリをするのでしょうか?彼らの沈黙と不作為は、彼らが本当のキリストと本当の使徒ではなく、偽のキリストと偽の使徒であることを意味するだけです。それは、彼らが本当に力を全く持っていないことを意味するだけなのです—彼らは普通の人々のように無力であり、彼ら自身がこの致命的なウイルスを恐れています。そして、感染するのを恐れて、彼らは、もはや自分たちの避難所から出ることはありません。

これらの高慢な説教者や宗教指導者が嘘つきの集まりであることが明確に分かります。彼らは、自分らが不思議な行為を実行する能力があることや、彼らが天使に命令を与えることができること等を行うことができることを自慢しています。そこでは、彼らの大邸宅と宮殿で!彼らは何をしてくれましたか?......!何もない!

例えば、「任命された!」と主張する一人の宗教指導者さん、つまり自己任命と言いますが、「地震を止める!」など、非常に多くのことを誇ったとある宗教指導者さんがいました。しかし、彼は今どこにいて、彼は何をしてくれましたか?彼が本当に地震を止めることができれば、このウイルスが更に広がるのを簡単に止めることができます。しかし、なぜ彼には出来ないのですか?それは、彼が偽りのキリストだからです!そして、彼が自慢するのは妄想・妄言の他でない。

病人に手をかざすだけで終末期の治癒もできると主張する牧師や司祭はどうでしょうか。彼らもどこですか?廊下や回廊にも新型コロナウィルス感染症の患者がいる病院に行かないのですか?この健康危機が始まってから半年以上が経過し、多くの命が失われましたが、そのうちの治癒力を持っていると主張していた牧師や司祭も出てきて、人々に手を貸すボランティアを一人も誰もしていません。どうして?.....彼らは全員、偽の治癒者であり、信仰の治癒者では無いからです!

明らかに、現代の宗教指導者らでさえ、この汎流行に動揺し、恐怖に陥っています。したがって、彼らは彼らの本拠地で恐怖で畏縮しているでしょう。

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エレミヤ書 51:30
バビロンの勇士たちは戦いをやめて、とりでの中にすわり込み、彼らの力も干からびて、女のようになる。その住まいは焼かれ、かんぬきは砕かれる。

この汎流行が主イエス・キリストと使徒たちの時代に起こったならば、彼らは本当に病気を癒す力を持っているので、感染した人たち全員に手を差し伸べ、人々を癒すために、人々の所へ間違いなく向かいます。

本当のキリストがまだ地上にいらっしゃった時代に、主はあらゆる種類の病気を癒してくださりました。主は、死者を復活させました。同じことが実際の使徒たちにも当てはまりました。

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マタイ 10:1
イエスは十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊どもを制する権威をお授けになった。霊どもを追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいを直すためであった。

使徒たちは同様に、例外なく、すべての病気や疫病を癒す力を神から与えられました—これは人々を癒せる対象には新型コロナウィルスも含まれていたことを意味します。本当のキリストのように使徒たちもまた使者を復活させることが出来て、現代に増殖した偽のキリストや偽の使徒たちとは異なります。

しかし、Members Church of God International(国際的・神の教会の会員たち)の私たちの誰も、私たちが使徒である、または私たちがキリストであると主張していません。また、病気を癒す力があると主張したこともありません。私たちの一人が病気になった時は、私たちはいつでも神に祈ります。私たちは神の憐れみを懇願します。私たちの人生は神の御手にあると信じているので、私たちが元気になった時は私たちを癒して下さったのは神であったことを認めています。

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申命記 32:39
今、見よ。わたしこそ、それなのだ。わたしのほかに神はいない。わたしは殺し、また生かす。わたしは傷つけ、またいやす。わたしの手から救い出せる者はいない。

このような危険な時代において、私たちの唯一の希望は神の憐れみです。私たちが頼ることが出来る者は他に誰もいないので、神の憐れみをいつも祈りましょう。神の慈悲によって、そして、神の御心に反しないのならば、私たちはこの世界的な健康危機を乗り越えることができます。

今、神を信じない人でも、神の御力・強大な力を感じることができます。神が疫病を遣わした時、その衝撃は全世界が実感します。

今起こっていることで、私は本当にどうしても、ヨハネに与えられた啓示の一つを思い出すしかありませんでした。

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黙示録 6:8
私は見た。見よ。青ざめた馬であった。これに乗っている者の名は死といい、そのあとにはハデスがつき従った。彼らに地上の四分の一を剣とききんと死病と地上の獣によって殺す権威が与えられた。

青ざめた馬に乗った者には、剣または戦争で、飢饉、疫病や死病、地球の野獣などという様々手段で、地上の四分の一を殺す力が与えられました。

現在、人類を攻撃しているウイルスは、不潔で悪辣な野生動物ののコウモリ、ヘビ、センザンコウから来たと言われています。コウモリにあったウイルスがヘビにあったウイルスと合併し、ヘビに現在存在するこのハイブリッド・ウイルス(雑種)が更にセンザンコウのウイルスと合併した可能性があります。それらの動物はすべて、野生動物なのです。彼らは、家畜化されてはいけない。そして、それらは同じ場所に置かれるべきではありません。残念ながら、それらはすべて中国の武漢市の一つの市場で入手可能で、そこでは並外れた強さを持つ新しいコロナウイルス、新型コロナウィルスが開発されました。そして、この新型コロナウィルスは、突然変異が起こるまでに何年もかかる通常のウイルスとは異なり、非常に高速・突然変異します。

私は今の世の中で起こっていることを熱心に観察しています。その後、黙示録6:8で言及されている状況を参照します。この現在の疫病は別として、至る所で戦争と争いがあり、国家と国家の間及び、国家内で見られます。人々は飢えて、不安なのです。私たちが今経験しているのが、既に青ざめた馬に乗った者によって、もたらされた疫病であるならば、その者が地上の四分の一を殺す力を与えられたため、それは人命の面で大きな損失を意味します。つまり、今の世界人口が約80億人であれば、約20億人の死を意味します。

私たちは、これが青ざめた馬に乗った者がまだ行なっているのではないことを望み、祈ることしかできません。しかし、もちろんそれが神の御心であるならば、私たちはそれに反対しません。そもそも、私たち全員がいつか死ぬことを命じられていることを知っています。

私たちの唯一の望みは、神が私たちに機会を与えている間、福音を説教し続けることです—人々に神への信仰と恐れを発達させるように説得し、同胞を愛するように教え、神から与えられた人生を有意義に過ごすように人々を鼓舞し、そして、最終的に、人々が救済に相応になるために神に仕えるように導きます。

神が私たちを御助け、私たち全員を憐れんでくださいますように!神が病人を癒してくださいますように。神が私たちの土地を癒してくださいますように。


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不確かな時代に、神の御名は私たちの避難所です

6月 21, 2020 0 Comments


新型コロナウィルスの汎流行は全世界を驚かせました。それが訪れることを期待した国は無く、誰もそれに対する準備が出来ていませんでした。非常に多くの命が失われており、この病気が原因でどれだけ多くの人々が命を落とすことになるかは分かりません。

人々は、「何故、多くの人がこの新型コロナウィルスで死んだのか」と問いかけます。答えは簡単です。それは、聖書が「殺す時と死ぬ時」について話しているからです。

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コヘレトの言葉 3:1
天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

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コヘレトの言葉 3:2
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。

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コヘレトの言葉 3:3
殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。

言及されている「天の下の季節と時」は、地上の季節と時であり、神の国である天国のことではありません。そこには季節が一つしかないからです。

季節は自然の法則の一部であり、ここ地球上には、生まれる時、死ぬ時、殺す時など、すべてのものとすべての目的のための季節と時があります。

私たちに関する限り、私たちの生まれる時は来ましたが、死ぬ時はまだ来ていません。人々は死ぬが、人々は様々な方法で死にます。多くの人が自然で平和な方法で死ぬ一方で、並外れた方法で死ぬ人もいます。それは悲惨な死であるか、死ぬ前に多くの困難と不快感を経験し、長い間ベッドで苦しんでいなければならない等、新型コロナウィルスの犠牲者の一部に起こったように。

この世代では、多くの人がこの汎流行で死ぬ運命にあると思います。世界的な死者数は数十万人に達し、死者数は日を追うごとに増え続けています。これは聖書が言っていることの成就です:「死ぬのに時がある」「殺すのに時があり」

一般的に、すべての人は長生きしたいと考えています。寿命を定めたのは人間ではありませんが、主に恐れを抱けば長寿を望めます。

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箴言 10:27
主を恐れることは日をふやし、悪者の年は縮められる。

人々が死ぬための指定された時があるとしても、人々が死ぬために指定された時になる前に、人々が神への信仰と恐れを発達させることが出来たのなら、神が彼らの命を延ばす可能性はまだ100%の確率があります。言い換えれば、神は人々の死を遅らせたり延ばしたりするかもしれません。そして、それは時間と季節が主の管理下にあるため、非常に可能なことです。そして、神の憐れみによって、神はご自身を恐れる人々の日々を延ばして下さるかもしれません。

聖書には、子どもたちが長生きするための特別な注意書きもあります。

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エフェソ 6:1
子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。
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エフェソ 6:2
「あなたの父と母を敬え。」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、

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エフェソ 6:3
「そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする。」という約束です。

神の御言葉によれば、親に対して従順で敬意を表する 子どもたちは、長寿を約束されています。神の御言葉は決して偽りではないため、この約束が果たされることが期待できます。それらは常に真実なのです。

子どもたちには、長い人生を送るための鍵は、両親に対して敬意と従順であることであり、私たち罪人らにとって、それは私たちの罪に対する悔い改めと、神への恐れと従順となります。

ですから、私たちが今、直面しているこの汎流行から救われたいなら、もっと長く生きたいなら、そして、より良い未来を見たいのなら、あなたが犯した罪を悔い改め、神の御言葉を守り、あなたの邪悪な方法から離れ、正しい人生を歩み始めてください。

おそらく、今や多くの人々がもはや神を恐れなくなったため、この世界的な健康危機は本当に起こりそうです。おそらく、これは彼ら全員への目覚めの呼びかけです。

このような危機的な時期にあっても、同胞の窮状を利用する人々がまだいるのは非常に残念です。商品を買い占めて高値で売る人がいます。さらに悪いことに、貧困家庭への政府からの財政援助を削減したり、分配を得ようとする地方自治体の役人もいます。これらの役人の被害を受けているのは、貧しい家庭です。なんて酷い無情なんだ!

新型コロナウィルスの発生以来、半年以上が経過しています。この頃までに、ほとんどの人は公共検疫にウンザリして疲れていて、彼らは移動制限について不満を持っているようです。人々はこの健康危機の終焉を望み、通常の生活様式に戻りたいと思っています。ただし、ウイルスが封じ込められており、拡散が防止されている場合にのみ実現が出来ます。これを達成するためには、みんなの協力が必要です。しかし、一部の市民は、政府が採用した対策に正面から立ち向かったり、反抗的であり、協力的でない限り(フェイスマスクを着用し、遊行する代わりに家に待機するなど)、公共検疫が行われ続けられます。だから私たちはただ協力してみましょう。 新型コロナウィルスの治療法はまだありませんが、残りの人生を恐怖と悲惨さの中で過ごすよりも、今は少しの困難を犠牲にして耐えることの方が良いです。

私たちが今必要としているのは、共通の利益に向けた協調的な取り組みです。私たちは互いに助け合う必要があります。私たちは政府を助ける必要があります。また、現在の状況の難しさを緩和するために、どんなに小さくても、分担をしなければなりません。

最終的には、私たちの主な目的は、聖書に書かれた神と主イエス・キリストの教えを人々に共有することですが、私たちはすべての人に善を行う道徳的義務があることを知っています。それが、Members Church of God International(国際的・神の教会の会員たち)の助けを借りて、私たちは仲間の必要なことを継ぎ足すために最善を尽くしている理由です。

例えば、UNTV News and Rescue (情報と救助チーム)と協力して、健康に不安のある方に、無料でサービスが提供されている医師との24時間年中無休のオンライン相談を提供されています。

また、信仰のあるキョウダイたちだけでなく、宗教に関係なく他の人々にも、救援物資や必需品の袋を配布しています。そして、戸口から出してすぐに配達するので、住居から出かける必要がありません。結局の所ですが、外出中は常にウイルスに感染する危険性があります。

更に、私たちのキョウダイたちは、常に特別な注意を払い、健康に関するすべての手順を遵守し、政府の指示に耳を傾けるよう常に心がけています。何よりも、私たちは「常に神に祈り、神の介入を懇願するよう」とキョウダイたちに常に思い起こさせます。

新型コロナウィルスが人類に大混乱をもたらす時がいつなのかを誰も知りません。この不確実性が私たちの前にあるため、私たちの唯一の避難所は主の御名です。ですから、主の御名を呼び求めることを忘れずに、そして常に主の慈悲を求めましょう。 「死ぬ時」と「殺す時」がなるべく早く過ぎて、「癒す時」が近づくように祈りましょう。全世界は、神と主イエス・キリストだけが与えることができる「癒し」が必要としています。アーメン!

免責事項

この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

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神の憐みは尽きることはない

6月 14, 2020 , 0 Comments


私たちの毎日の生活の中で怠るべきではないことが一つあるとすれば、それは常に祈り、神に感謝することです。

私たちが毎朝に目覚める度、私たちの最初の発話は神への感謝の表現であるべきです。毎朝、神が私たちに対する尽きることはない神の慈悲と思いやりを表して下さっているので、私たちは、神が私たちに与えた真新しい日に感謝するべきです。

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哀歌 3:22
私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。

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哀歌 3:23
それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。

このような悲惨な時代に、全世界が悪病に悩まされている現在、私たちは今まで以上に神の憐れみと思いやりを必要としています。多くの人が毎日亡くなっており、神が私たちをその一人にすることを許さなかったことに私たちは非常に感謝しなければなりません。神の尽きることのない慈悲と思いやりによって、私たちは生き続け、安全であり、それも私たちの愛する人の一緒に居られることを楽しめています。そして、私たちが日々に直面している課題、不確実性、問題等を克服できるのは、神の憐れみと御助けのおかげでもあります。

神の憐れみと思いやりは毎朝新しくなります。ですから、神が私たちにくださる毎朝、私たちは神の思いやりと憐れみも期待できます。私たちがこの疫病によって引き起こされた絶滅から免れているのは、神の憐れみのためです。

確かに、邪悪な者、つまり神に不従順で反抗的な人々に、全滅と破壊がもたらされます。

しかし、神を認識し、神を恐れる者は、神の憐れみと思いやりを期待することができます。それは毎朝、彼らに新たに与えられるからです。

神と主イエス・キリストの管理下にある人々は確実に保護されています。そして、この保証は主イエス・キリストご自身によって与えられています。

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ヨハネ 10:28
わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。

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ヨハネ 10:29
わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。

しかし、神を信じない人、無神論者のように聖書を嘲る人、そして神への信仰が口だけの奉仕にすぎず、決して行動に現われない人は、すべて滅びて滅ぼされる運命にあります。

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ペトロ 二 2:12
ところがこの者どもは、捕えられ殺されるために自然に生まれついた、理性のない動物と同じで、自分が知りもしないことをそしるのです。それで動物が滅ぼされるように、彼らも滅ぼされてしまうのです。

私たちは神に祈るだけです。手遅れになる前に-神を持たない人々が滅びる前に-神と主イエス・キリストへの信仰が、彼らが救われるようにできるだけ早く心に湧くようにと祈るのです。

この疫病が今日も世界に蔓延し続けているため、明日に、またはこれからの数日間、私たちがまだ生きているかどうかはわかりません。この病気で命を奪われた何十万人もの人々の中に含まれるかどうかはわかりません。私たちは一人一人が死ぬことはあるとされていることを知っています。それは、誰が最初に死ぬのかという問題にすぎません。

ダビデ王は、すべての人が死ぬに違いないこと、そして、私たちの生活が神の御手の中にあることを完全に知っていました。そのため、別の女性によって生まれたばかりの息子が死ぬことを知らされた時、ダビデ王は息子の命のために断食し、神に祈りました。

しかし、神の布告が可決され、幼児の死がついに来たとき、彼は断食を終えて主の家に入り、神を礼拝しました—神の御心へのダビデ王の服従の仕草なのです。ダビデ王は自分の子どもが再び生き返らせることがダビデ王にはできないことを知っていました。また、指定された時間になると、彼も自分は死ぬことを知っていました。

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サムエル記下 12:23
しかし今、子どもは死んでしまった。私はなぜ、断食をしなければならないのか。あの子をもう一度、呼び戻せるであろうか。私はあの子のところに行くだろうが、あの子は私のところに戻っては来ない。」

神の民はいつの日か死ぬことを知っています。それはすべての人に対する定めです。
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ヘブライ 9:27
そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、

すべての人間は死ぬよう定められています。しかし、例え彼らが、たまたま私たちの敵の中で最も厄介な者であっても、私たちは彼らの死を祈ったり、願うべきではありません。私たちは、敵の死や不幸のためではなく、敵の改善のために祈ることをお勧めします。しかし、本当に他の人の評判を破壊し、SNSで偽情報を広めることに喜びを感じる人がいることは仕方がありません。私自身もそういう人たちの被害者です。彼らは、私の風格を不快にさせています—彼らは、SNSにて私が深刻な病気で死にかけていると投稿しました。

これらの人々にもっと良いことはないのだろうかと思います。偽情報を作り上げたり、広めたりするような無意味なことに夢中になる代わりに、特に何百万人もの人々が苦しんでいて助けを必要としている今、同胞に利益をもたらすようなことをしてみませんか?

私はまた、いくつかのメディアの人物、政治家、および政府の指導者に呼び掛けをしています。人の失敗探しに泥酔したりする代わりに、手を取り合って共同で利益を上げてみませんか?これは、互いに批判的で敵対的であるべき時ではありません。これはまた、政治的野心やその他の個人的な議題について考える時ではありません。これは、この汎流行と戦うだけでなく、政府によって課された封鎖令と公共検疫令によって悪影響を受けた人々に救いの手を差し伸べる際にも一致する時です。

封鎖中のため、今日も多くの人々が飢えに耐えています。多くの人々は、毎日の生活のために彼らに与えられている救援物資にのみ頼っています。維持薬が必要だが購入できない高齢者がいます。粉ミルクとオムツを必要とするが、両親のお金が足りないために手に入れることができない赤ちゃんや幼児がいます。そして、彼らが経験している問題や困難に対処することができないためにうつ病で既に苦しんでいる人もいます。

これが、政治的宣伝、政治的敵を批判したり、SNSで偽情報を広めたりするのに時間、労力、財源を浪費する代わりに、これらの苦しみと貧困の辛さを和らげるために時間を使う方がためになります。被災した市民たちに、少しの助けでも彼らにとって助かることをもたらすことができます。

政府は、この伝染に対処し、国民の福祉の管理をする上で、皆の助けと協力を必要としています。政府は市民に基本的な必要性を提供するためのあらゆる可能な手段を使い果たしていますが、政府ができることはそれだけです。政府の資源は限られています。実際、それはすでに枯渇しています。したがって、政府は民間部門の支援、特に宗教部門の支援を必要としています。

さまざまな宗教団体の指導者、つまりクリスチャンであると主張するこれらの個人は、彼らが真に人々のことを気にかけていること、そして彼らが人々の金銭的寄付の後だけが目的ではないことを会員たちに証明する時がきました。指導者や仕える者が華やかで豊かな生活を送る宗教団体は、少なくとも、それぞれの会員の基本的な必要生活用品を提供する必要があります。そして、彼らは政府に税金を払っていないので、彼らができることの少なくとも一つは、これらの必要生活用品が本質的に物質的であろうと財政的であろうと、貧しい会員たちの必要生活用品不足に対処することです。

私たちの宗教団体、Church of God International について私が本当に誇りに思っていることの一つは、私たちは貧しく、他人の目には低く見えるかもしれませんが、信仰を持つキョウダイたちが食べ物が無くて乞うや飢死することありません。私たちの同胞の教会のワーカーたちは、それぞれの割り当ての場所で貧しいキョウダイたちの福祉状態をチェックし、彼らに食糧や薬のような本質的な必要生活用品を提供するようにワーカーたちに指示されています。

私の要点は、私たち自身の小さな方法で、恵まれない同胞の負担を軽減することができ、救援活動において政府の協力者になることができるということです。

一般市民としても、政府当局者や医療専門家の指示に対応し、遵守することで、この新型コロナウイルスの蔓延防止に貢献できます。政府当局者や医療専門家が私たちに家にいるようにと言い寄るのならば、私たちは自宅待機をしましょう。検疫期間をさらに延長する場合は、反対しないでください。それは私たち自身のためです。

実際、検疫や自己分離の考え方には聖書的な根拠があります。

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レビ記 13:46
その患部が彼にある間中、彼は汚れている。彼は汚れているので、ひとりで住み、その住まいは宿営の外でなければならない。

悪病の蔓延を防ぐために、イスラエル人は「ひとりで住む」ように命じられました

別の書では、イスラエル人たちは彼らの部屋の中に行き、疫病が通過するまで隔離されるように指示されました。

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イザヤ書 26:20
さあ、わが民よ。あなたの部屋にはいり、うしろの戸を閉じよ。憤りの過ぎるまで、ほんのしばらく、身を隠せ。

現在、政府と保健当局によって課されている措置は、実際には新しいものではないと言えます。それらは旧約聖書と同じくらい古いです。

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歴代誌下 26:21
ウジヤ王は死ぬ日までらい病に冒されていたので、らいを病む者として隔離された家に住んだ。彼は主の宮から絶たれたからである。その子ヨタムが王宮を管理し、この国の人々をさばいていた。

ウジヤ王の死の日まで、ウジヤ王はハンセン病にかかっていたので孤立して住んでいました。ウジヤ王は人々に感染しないように他の人々から距離を置いた。

新型コロナウィルスはハンセン病よりも致命的で感染しやすいことを考えると、私たちの時代では、自己検疫または自己隔離を実践する必要があります。権威のある人々が推奨している健康手順を厳守しましょう。家にいることが感染しないための最良の方法です。ただし、特定の症状が現れた場合は、現在すでに利用されている様々な通信台を介し、すぐに医療専門家に相談してください。例えば、フィリピンでならUNTV放送局には24時間年中無休の通信クリニックがあり、自宅から出かけることなく、健康上の懸念について医師に相談できます。日本でならば、厚生労働省が設けた「帰国者・接触者相談センター」に相談できます。

特に一般の従業員と毎日の賃金労働者にとって、確かに封鎖令と検疫期間を課されるは貧しさを招きます。しかし、それは正しい選択をするだけの問題です。家にいて空腹感をたまに体験するのが遥かにマシなことです。少なくとも、あなたは安全で、まだ生きています。家で退屈することについて文句を言わないでください。愛する人と一緒にいると、何故に退屈するのですか?家族と絆を深め、公共検疫期間を最大限に活用してください。財布が空になっても問題ありません。あなたの人生はお金のいっぱい財布よりも価値があります。あなたが外出して生計を立てよると主張するなら、あなたは、あなたの安全とあなたの家族の一員の安全を危険に晒すことになります。あなたの知っている全ての為に稼ぐであろうお金で、この致命的なウイルスに感染したまったら、稼いだお金はあなたの入院のために費やされるだけです。そして、感染した場合に回復できるという保証はありません。家にいることで安全を確保できる可能性があります。

しかし、必要なすべての予防策を講じることは別として、私たちの最も強力な武器となるのは、全能の神への祈りです。私たちに与えられるすべての機会-朝、正午、午後、夕方-で私たちは神の慈悲のために祈りましょう。神の慈悲と思いやりは、神を恐れ、神を信じる人々にとって確実なことです。それらの慈悲は毎朝、新しいです。

ですから、目覚める毎朝、神の憐れみを受け入れる機会を与えてくださった神に感謝することを忘れないでください。私たちが今まで生きているのは、神の憐れみのためです。

神に感謝します!


免責事項

この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

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私たちが神に従えば、何も心配することは無い

6月 14, 2020 0 Comments


本当のクリスチャンの際立った特徴の一つは、やって来る不快なことに対して簡単に落胆しないことです。悩みと心配の真っ只中に、本当のクリスチャンは精神の中では、ある程度の落ち着きと静けさを保ちます。これは逆境の影響を受けていないからではありません。神を認識し、神を恐れる人々の心の中では、何が起こっても最終結果は常に神を愛する人々のためになると信じています。

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ローマ 8:28
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

神をまことに愛し、恐れ、敬い、従うならば、神を愛する人々のために、起こるすべてのことを神が許可してくださったという原則に基づき、見るべきです。そして、神を愛するその人々は誰ですか?

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ヨハネ 一 5:3
神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。

神を愛する人々は、神の戒めに従う人々です。神を愛しているからこそ、神の戒めを守ることであるためなので、神の戒めへの従順は神を愛することの現れなのです。ですから、私たちが本当に神を愛しているなら、つまり、神の戒めに従い、聖書の教えに信仰をもっているなら、悪いことが起こっているとは私たちは言いません。神に不従順な人には悪いことが起こります。

イスラエル人の時代、彼らがすべての戒めと律法を守らないと、呪い、疫病、疫病が起こると神は彼らに警告しました。警告の意図は、彼らに苦痛を与えることではなく、彼らが邪悪なことをするのを阻止することでした。

悪病や疫病のような不愉快なことが起こったとき、実際に、彼らの邪悪な行ないから離れることができるように、不従順な人と悪しき者の注意を神は呼び求めておられたと言えます。しかし、彼らが神の警告を何気のないことだと捉えようと選ぶようなら、彼らの不従順の結果、確実に彼ら自身が苦しむでしょう。その結果の一つは、悪病の発生です。

申命記28:22で、神は、ご自身に不従順な人々に降りかかる呪いと悪病を列挙しました。

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申命記 28:22
主は、肺病と熱病と高熱病と悪性熱病と、水枯れと、立ち枯れと、黒穂病とで、あなたを打たれる。これらのものは、あなたが滅びうせるまで、あなたを追いかける。

神は、彼らが神の戒めに従順であることを望み、その結果、上記の呪いや疫病が彼らに襲われないようにしておられているのです。

現在、私たちの周りを見回すと、多くの人々が神に非常に不従順になったことがわかります。彼らは、神の御言葉を無視します。彼らは、神を恐れません。彼らは、霊的に関連することではなく、世俗的な快楽、唯物論やあらゆる種類の悪に耽っています。彼らの生き方と先入観は、ノアの時代の人々やソドムとゴモラの人々のそれと実質的に似ています。

その時代では、神に従順な人をほとんど見つけることができませんでした。神に従順な人は非常にまれでした。神が彼らを滅ぼした時、救われたのはごく少数の人々だけでした。

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ペトロ 一 3:20
昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。わずか八人の人々が、この箱舟の中で、水を通って救われたのです。

ノアの時代、洪水から救われたのはたった8人の魂だけでした。ソドムとゴモラでは、火から救われたのは3人だけでした—ロトと彼の2人の娘です。

エリヤの時代でさえ、大飢饉から救われたのはたった一人の未亡人だけでした。

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ルカ 4:25
わたしが言うのは真実のことです。エリヤの時代に、三年六か月の間天が閉じて、全国に大ききんが起こったとき、イスラエルにもやもめは多くいたが、

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ルカ 4:26
エリヤはだれのところにも遣わされず、シドンのサレプタにいたやもめ女にだけ遣わされたのです。

飢饉と同様に、ハンセン病も一種の悪病です。預言者エリシャの時代、イスラエルでは非常に多くの人々がハンセン病に苦しんでいました。しかし、多くのハンセン病患者の中で、ナアマンだけが浄化され、他のすべてのハンセン病はその病気で亡くなりました。

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ルカ 4:27
また、預言者エリシャのときに、イスラエルには、らい病人がたくさんいたが、そのうちのだれもきよめられないで、シリヤ人ナアマンだけがきよめられました。」

現在、全世界は別の疫病、新型コロナウィルスと呼ばれる新しいコロナウイルスによって引き起こされる汎流行に悩まされています。毎日、世界中で新型コロナウィルス陽性の数が増え続けており、多くの人が怖がっているのは、このウイルスと戦うことができるワクチンがまだ処方されていないということです。

これまでの記事では、疫病の発生には2つの理由が考えられます。第一に、人の反抗と神への不従順のために、それらは神から送られるかもしれないこと。あるいは、青ざめた馬に乗っている騎手が原因である可能性があります(黙示録6:8)。

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黙示録 6:8
私は見た。見よ。青ざめた馬であった。これに乗っている者の名は死といい、そのあとにはハデスがつき従った。彼らに地上の四分の一を剣とききんと死病と地上の獣によって殺す権威が与えられた。

ニ千年前にヨハネに与えられた黙示の中で、剣で、空腹で、そして地球の獣で殺すように命じられた青ざめた馬に乗っている騎士を見ました。それがもたらす大混乱は、地球の4分の1を殺す力を与えられているため、非常に大きなものです。

この新型コロナウィルスの汎流行が青ざめた馬に乗っている騎士が原因である場合、サタンはすべての人の破壊を望んでいるので、サタンはその騎士の裏で間違いなく居ます。しかし、これが人間の邪悪さと神への不従順の結果である場合、私たちはいつでも悔い改め、神に祈り、神の赦しと憐れみを呼び起こすことができます。

実際、このトの原因が青白い馬に乗っている場合は、神はウイルスの致命的で最も壊滅的なペストを制御する力を持っているので、神の介入を求めるべきです。聖書で預言されていた疫病の中では、これは最悪なものではないことを祈りましょう。

しかし、この疫病を引き起こした人は何であれ、これによってすべての人が滅亡することはありませんし、これがこの地球の終わりを告げることはまだないでしょう。それは、聖書が地上での主イエス・キリストの千年の治世についてまだ語っていて、主が戻られると千年の治世が始まるからです。

私は、地上でのキリストの千年の治世を、人々が悔い改めて信仰を持ち、神と主イエス・キリストの教えを受け入れる猶予期間と見なしています。そして、主イエス・キリストが統治している間、サタンがより多くの人々を欺くことを防ぐためにサタンが投獄されるので、人々が悔い改めて信仰を持ち、神と主イエス・キリストの教えを受け入れることが起こる可能性が大きなのです。

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黙示録 20:3
底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。

When the Lord Jesus Christ returns, He shall resurrect His holy servants, and they shall reign with Him for 1,000 years. This is called the first resurrection.

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黙示録 20:5
そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の復活である。

最初の復活では、すべての死者を復活させるのではなく、キリストにあって死んだ人々だけを復活させます。残りの死者が復活するのは、千年の後のことです。第一の復活の一部となる人々は、二度目の死が彼らに対する権力を持たないので、祝福され、神聖であると見なされます。

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黙示録 20:6

この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。

新型コロナウィルスはまだ人類の4分の一を殺す青ざめた馬に乗る騎手によってもたらされる疫病ではありません。主なる神は、千年もの間、人類がキリストと主の聖なる従者たちに支配されることを許可します。

良い知らせは、キリストの千年の治世において、これ以上の疫病がなくなることです。百歳に達しないと子どもは死なないので、子どもたちは自分の人生を最大限に生きることになります。

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イザヤ書 65:20
そこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も、寿命の満ちない老人もない。百歳で死ぬ者は若かったとされ、百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。

しかし、一方で、百歳に達する罪人は呪われます。

第一の復活に含まれる者は神様にあって王と祭司とされる者たちだけです。

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黙示録 1:3
この預言のことばを朗読する者と、それを聞いて、そこに書かれていることを心に留める人々は幸いである。時が近づいているからである。

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黙示録 1:4
ヨハネから、アジヤにある七つの教会へ。常にいまし、昔いまし、後に来られる方から、また、その御座の前におられる七つの御霊から、

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黙示録 1:5
また、忠実な証人、死者の中から最初によみがえられた方、地上の王たちの支配者であるイエス・キリストから、恵みと平安が、あなたがたにあるように。イエス・キリストは私たちを愛して、その血によって私たちを罪から解き放ち、

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黙示録 1:6
また、私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。キリストに栄光と力とが、とこしえにあるように。アーメン。

そして、彼らは主キリストと共に千年の間、世界を治世します。

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黙示録 20:4
また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。

繰り返しますが、キリストが戻ったとき、地球はまだ破壊されません。 千年が経過するまで存在し続けます。主イエス・キリストの再臨は、世界の終わりを示すものではありません。それが示すのは、第一の復活、または王や司祭となるキリストの聖徒たちの復活です。そして、彼らはこの地上で治世します。

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黙示録 5:8
彼が巻き物を受け取ったとき、四つの生き物と二十四人の長老は、おのおの、立琴と、香のいっぱいはいった金の鉢とを持って、小羊の前にひれ伏した。この香は聖徒たちの祈りである。

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黙示録 5:9
彼らは、新しい歌を歌って言った。「あなたは、巻き物を受け取って、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、ほふられて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神のために人々を贖い、

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黙示録 5:10
私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。」

これは、キリストの治世が地上ではなく雲の中で行われるというマナロ氏のINCの信念とは対照的です。何故なら彼らは、キリストが戻られた時、この地球は破壊されると信じているからです。彼らのテレビ番組では、「キリストが地上に戻って来られた時に地上で治世する」という私の声明に皮肉にも反対する神経さえも彼らの仕える者たちは持っていました。


マナロ氏のINCは、この全世界が主イエスキリストが戻られる時に燃やされると信じています。それは真実ではありません!それが本当なら、キリストと主の聖徒たちは千年の間の誰を支配するでしょうか?そして、第一の復活に含まれなかった人々はどうなりますか?明らかに、マナロ氏のINCの彼らは地上でのキリストの千年の治世について何も知りません。

主イエス・キリストが戻られた時、主は神の御心を果たして死んだ人々を復活させ、彼らは地上で主と共に千年の間に治世すると聖書には明確に述べられています。

千年の間に、キリストと主の聖徒たちは、地球上でまだ生きている人々を治世します。これらはまだキリストの教えを聞いたことがない人々、まだ神と主イエス・キリストを信じていない人々であり、彼らは多くいます。私が指摘しようとしていることは、地上での生命はキリストの千年の治世の間中にずっと続くということです。

マナロ氏のINCがキリストがこの世界に戻られた時にすでに焼かれているという主張を信じるなら、それは第一の復活に含まれなかった人々がもはや復活しないことを意味します。それらはすべて焼かれますからね。そして、キリストと主の聖徒たちは、彼らが千年の間に治世するとき、ただ雲に浮かぶでしょうね。馬鹿げていますよ!

しかし、私はマナロ氏のINCの仕える者たちの教会の創設者であるフェリックス・マナロ氏から受け取った教えを口頭で述べているだけなので、そのように考えたことについて完全に非難することはできません。

 

“Sa dalawang sunod na lathala tungkol sa paksang ito ay maliwanag na ating natiyak, sa pamamagitan ng mga hula sa Banal na Kasulatan, na si Kapatid na Felix Manalo, ay huling sugo ng Diyos sa wakas ng lupa. Kaya huling sugo, gaya nang ating napag-aralan, ay sapagka't pagkatapos ng gawaing kanyang isinasagawa, samakatuwid baga'y ng pangangaral ng mga dalisay na salita ng Diyos, ay wala nang iba pang sugong darating kundi ang kakila-kilabot ng paghuhukom o ang katapusan ng pag-iral ng sanlibutang ito.”

訳:「この話題に関する次の二つの出版物では、聖書の預言を通して、フェリックス・マナロ兄弟が地上での神の最後の使者であることをハッキリと保証しました。私たちが研究したように、彼が行なった働きをした後、それは神の純粋な言葉の説教であるので、彼は最後の使者です。他の使者が来るのではなく、恐ろしい裁きやこの世界の存在の終わりを迎えるのです。"

彼らは、フェリックス・マナロ氏が最後の使者であり、彼の後に来る他の使者は無いと信じています。そして、彼らの公式出版物によると、彼の説教が完了すると、この世界の終わり、または裁きの日も来るでしょうという。それは非常に間違った教えであり、聖書的な根拠はありません。

私は繰り返しますが、聖書によると、キリストは地上で千年の間に治世し、それは主が戻られた時に始まります。主は、多くの人が「携挙」と呼ぶものに含まれていなかった何十億人もの人々を統治します。

先に述べたように、人類を妨害したり欺いたりする悪魔は投獄されているため居ないので、この千年の間は至福になるでしょう。人類は疫病のない生活を楽しむでしょう。人は百歳になるまで生きます。そして、世界のすべての腐敗した政府は破壊されるでしょう。

そして何よりも、この千年はより多くの人々に救済の機会を与えます。これはまた、非信者がキリストを知り、また、どこでも宣べ伝えられる福音を通してキリストを信じる機会となるからです。キリスト教の説教は現在、インド、中東アジア、そして偽りの神々が崇拝されている他の国々のように禁止されていますからね。

千年の猶予期間の後、第一の復活に含まれなかったすべての死んだ人々は裁きに直面するために復活しなければなりません。その後、悪魔と神のすべての敵は火と硫黄の海に投げ込まれます。そして、これらすべての後になって初めて、この地球は破壊されます。

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黙示録 20:10
そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。
※誤訳注意※
池=X
海=〇
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黙示録 20:11
また私は、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなった。

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黙示録 20:12
また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行ないに応じてさばかれた。

私が辛抱強く丁寧に説明しているのは、人々に希望を与えたいからです。人類の経験が人類を完全に滅ぼすわけではないという疫病を人々に認識させたい。すべての人がまだ死ぬわけではありません。何故なら、主イエス・キリストが戻られて、主がまだ地上で千年の間に治世するからです。

私はこれらすべてを、特にまだキリストを信じていない人々のために説明しています。彼らと主イエス・キリストの教えを共有することにより、私たちクリスチャンは私たちの愛情を彼らに広げること、いつか彼らが主への信仰を育むことを期待しています。

私たちは、彼らにキリストとクリスチャンの信仰を紹介する器でなければなりません。あるいは、彼らが長生きする機会を得た場合、彼らが主イエス・キリストが戻られた時にまだ生きていて、キリストと主の聖徒たちが今後の千年の間に統治される人々の中に彼らがいるのなら、キリストの治世で彼らの中で主の教えを信じて受け入れ、救済に相応になることを願っています。

新型コロナウィルスに対する世界の戦いは続いていますが、私たちは常に細心の注意を払う必要があります。神が私たちを守らなければ何もできないので、私たちは常に神の御保護を祈願すべきです。そうすることで私たちは愛する人たちも保護されるので、私たちは自分自身を守ることにおいても協力しなければなりません。

しかし、この世界的な健康危機がさらに長く続いたとしても、私たちは心の中に希望の気持ちを生き続けさせましょう。神を恐れ愛する私たちに希望があります。そして、何が起こっても、主が言われたことを握ってみましょう。

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ローマ 8:28
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

日本語では、「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださること」

スペイン語では、「Y sabemos que todas las cosas cooperan juntas para el bien de los que aman a Dios, los que son llamados segun su proposito.」

ポルトガル語では、「Sabemos que todas as coisas cooperam para o bem daqueles que amam a Deus, daqueles que sao chamados Segundo o seu proposito.」。

現在、世界で何が起こっていようとも、これが神を恐れ、愛する人々のためになると信じることは、私たちの信仰の一部です。アーメン。

免責事項

この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

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神の御言葉は、傷つく世界に正真正銘な希望をもたらす

5月 31, 2020 0 Comments


新型コロナウィルスの世界的な猛攻撃は、多くの人々の意識を適切な衛生状態に目覚めさせました。以前は。ほとんど日常業務の一部にならなかった習慣が、現在この大流行の真っ只中では標準になっています。石鹸と水で頻繁に手洗いをし、くしゃみや咳をするときは口を覆い、マスクを着用しています。テレビのCM等が宣言するように、これらは新型コロナウィルスに対する最初の防御線です。

ウイルスや細菌によって引き起こされる病気の獲得と蔓延に対する予防策を講じることは、本当に新しいことではありません。イスラエル人の時代、神は彼らが汚れたと分類されたものに触れたときはすぐに自分自身を入浴させ、彼らが着ていた服を洗うように彼らに命じました。

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レビ記 11:28
これらの死体を運ぶ者は、その衣服を洗わなければならない。その人は夕方まで汚れる。これらは、あなたがたには、汚れたものである。

不潔と見なされた動物は、いわゆる腐肉食動物でした。不潔な動物の例としては、豚、犬、ラクダ、ワシ、ハゲワシなどがあります。当時、これらの動物のいずれかが死亡し、イスラエル人がその死体を運んだり触れたりした場合、イスラエル人は風呂に入ってすぐに服を洗いました。その後も、夕方まで汚れていると見なされます。他の人はそのような警告の背後にある知恵が何であるかを尋ねるかもしれません。主に、それは彼らの保護のためのものでした。汚れた生き物の死骸に触れたり運んだりすると、ウイルスや細菌が衣服に付着したり、知らないうちに移動したり皮膚に転移したりする可能性があります。そこで、微生物が原因となる病気にかかるのを防ぐため、すぐに風呂に入って服を洗うように指示されました。

その時代、モーセを含むイスラエル人は、真菌、ウイルス、細菌などの微視的な生物と、それが彼らの生活にもたらす可能性のある危険について何も考えていなかったことを理解する必要があります。しかし、これらの微生物から彼らを守るために、神は彼らが汚れていると分類されたものの死体に晒されたり、接触したりしたときに何をすべきかについて具体的な指示を彼らに与えました:彼らは風呂に入ってすぐに服を洗うべきこと。神からイスラエル人に与えられたその特別な予防策は、聖書は、科学の進んだ書物であることのもう一つの証拠です。

しかし、イスラエル人とは異なり、現在の世代は、ウイルス、その伝染手段、および必要な予防策について、つまり新型コロナウィルスが登場する前に、よりよく理解しています。新型コロナウイルスであり、人類を攻撃したのはこれが初めてであるので、その初期の発症の間、医療専門家でさえ。自分たちがそれを正確にどのように扱うべきかについて不確かであったことを覚えておくでしょう。そして、彼らは斬新で、少なくともその効力を中和することができるワクチンをまだ処方出来ていません。

今日まで、多くの国が「曲線の平坦化」にまだ成功していないため、新型コロナウィルスの汎流行はまだ終わっていないと言えます。

多くの国では、ウイルスを封じ込め、ウイルスの蔓延を防ぐために、より厳格な措置を講じています。集団集会は禁止され、商業施設は閉鎖され、大量輸送、仕事、および学校はすべて停止されます。戦いの叫びは、「ステイホーム、ステイセーフ(家にいる、安全を保つ)」です。

私たちのほとんどは家にいるだけですが、遊ぶや端末機器やゲーム機で一日を過ごすのではなく、より価値のあるもの(聖書にある神の御言葉を読むなど)に費やしてみませんか?案じりませんか?

これは申命記28:59で述べられたことであり、それは「長い間続く」疫病であるかもしれません。あるいは、私たちが悔い改めて神に立ち返り、神の御心を守るなら、神の憐れみで止められるかもしれません。

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申命記 28:59
主は、あなたへの災害、あなたの子孫への災害を下される。大きな長く続く災害、長く続く悪性の病気である。

私たちは毎日、ストレス、うつ病、不安、恐怖、そしてロックダウン、作業停止、資金不足など、新型コロナウィルスによって引き起こされるその他の日常的な問題と闘っています。私たちはこの困難な状況に対処するためにあらゆる方法を試みました。悲しいことに、私たちは最も重要なこと、つまり悔い改めて神に立ち返り、聖書に書かれた神の御言葉を読むことを怠っていました。聖書を読むと、悟りだけでなく希望や慰めも見つかります。

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ローマ 15:4
昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。

ほとんどの場合は、人々は誤った希望しか与えないので、本当の希望は、どの国のどの大統領によっても、またはその問題について他の誰かによってなされた約束にもありません。正真正銘の希望は聖書にある神の御言葉から来ています。

私たちは皆、聖書の神の御言葉に慰めと正真正銘の希望を見出しますように。アーメン!

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危機の時期に、祈願への団結

5月 31, 2020 0 Comments


全世界が新型コロナウィルスの汎流行と闘う中、致命的な新型コロナウィルスの封じ込めと拡大を阻止することを目的とした政府の取り組みに協力することを拒否する人々は依然としています。他の人々、特に異なる政党に所属する人々は、権威のある人々や健康の専門家によって行なわれている措置に疑問を投げかけ、それを無視しています。

現在、世界は新型コロナウィルスと戦っています。間違いなく、これは政治の論争、責めと非難、そして分裂に適切な時期ではありません。代わりに、これは私たち全員が団結し、私たちが取り組みに加わり、政治的および宗教的所属に関係なく、共通の利益のために協力し合う時です。

特に、これらを反映させるのに最適な時期で、私たちの罪を悔い改め、神の憐れみと保護を呼び起こす為です。

この汎流行により、誰が生き残り、誰が死ぬかは分かりません。また、この健康危機がいつまで続くのかも分かりません。しかし、これらすべての不確実性により、私が確信していることが一つあります。人類のすべてが絶滅する訳ではありません。神は、アブラハムの子孫を増やすこと、そしてそれらが空の星、海辺の砂のようになることをアブラハムに約束しました。

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創世記 22:17
わたしは確かにあなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。そしてあなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。

その御約束は、全ての人が死ぬ訳ではないという保証を私たちに与えます。何故なら、人類全体がこのウイルスによって一掃されるならば、アブラハムの子孫には誰も残らなくなるからです。神は嘘を付かない神です。神は常にご自身の発音に誠実です。だからこそ、神がアブラハムへの御約束を果たし、アブラハムの子孫が繁栄し、増えることを確信が出来ます。

私たちが神への信仰を通してアブラハムの子たちの仲間入りならば、この汎流行から免れるかもしれません。

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ガラテヤ 3:8
聖書は、神が異邦人をその信仰によって義と認めてくださることを、前から知っていたので、アブラハムに対し、「あなたによってすべての国民が祝福される。」と前もって福音を告げたのです。

御約束された祝福があります—アブラハムへ祝福を通して、神は全ての国を祝福して下さいます。

このような時期、神は私たちが本当に信頼できる唯一の方です。神が私たちの土地を癒されるように祈りましょう。神は私たちの「癒す者」です。出エジプト記15:26に書かれているように、

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出エジプト記 15:26
そして、仰せられた。「もし、あなたがあなたの神、主の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行ない、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、わたしはエジプトに下したような病気を何一つあなたの上に下さない。わたしは主、あなたをいやす者である。」

「. . . わたしは主、あなたをいやす者である。」

しかし、覚えておいて下さい。神の民を癒される主は、エジプト人を多かれ少なかれ十つの疫病に連れて、エジプト人を罰したの同じ主です。人類の歴史でこれまでに記録された疫病の中で最も壊滅的なものは、エジプトに死者がいない家が無かった程のため、エジプトで全ての初子(イスラエル人以外)の死を引き起こしたものでした。一晩中、疫病は、エジプト人たちの最初に生まれた子を全員殺める事が出来たのです。

多分、新型コロナウィルスはまだ最悪な疫病ではありませんが、人々が神を無視し続け、神を認めることを拒否し続けるなら、更に多くの疫病が将来に起こるでしょう。

これは神を信じ、認め始めるのに最適な時期です。神を信じない他の人々や他の国の影響を受けないようにしましょう。

フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が、目に見えても見えなくても、敵を倒す力を持つ全能の神に祈るように大衆に呼びかけるのを聞いたとき、彼は自身の心の奥深くで超自然的を確認出来た事に、私は心に一定の喜びを感じました、ドゥテルテ大統領は超自然的な力、つまり、私たちが神と呼ぶ方を信じています。彼はカトリック教会の神や他の宗教の神の信者ではないかもしれませんが、明らかに、彼は天国の全能の神の信者です。神が彼を祝福し、守って下さいますように。

これはまた、神が私たちに敵を愛し、私たちを迫害する人々のために祈るように命じられたように、信仰をもって私たちの敵のためにも祈る好機です。

マナロ氏のINC(キリストの教会)の幹部の一人の死についてSNSから知りました。彼は私たちの信仰の敵でしたが、私は神の教会のキョウダイたちに、彼について軽蔑的な発言をしないようにすぐに要求しました。彼の家族と愛する人たちが経験していた悲しみと痛みを悪化させてしまうからです。不愉快なコメントをする代わりに、彼の遺族の為に祈る方が良いです。

聖書には、敵が倒れたときに喜んではならないという忠告があります。生きているからって高慢になってはいけません。もしかしたら、私たちは神の怒りを引き起こすかもしれませんから。

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箴言 24:17
あなたの敵が倒れるとき、喜んではならない。彼がつまずくとき、あなたは心から楽しんではならない。

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箴言 24:18
主がそれを見て、御心を痛め、彼への怒りをやめられるといけないから。

常に神の味方になるのが最善です。そして、常に神の味方になる為に、私たちは神の御心をしなければなりません。そして、私たちが敵の陥落を喜ばず、彼らが倒れた時に、私たちが喜んではならない事が神の御心です。私たちに出来る最善な事は、彼らの為に祈る事です。

それはそれぞれの国家元首の為に、私たちがしなければならない事でもあります。全能の神が、彼らの全ての行動と決断について、彼らを導いて下さるように祈りましょう。特に、米国、日本、シンガポールのような強力な国々でさえも、非常に微細な生き物、つまりウイルスに悩まされているのを目にしています。

神は全ての中で最も高く、最も強力でおられると私は信じています。神は全知全能な方です。宇宙全体が神の完全な制御下にある場合、神が全てのウイルスを完全に制御出来ます。その真理だけで、私たちを神に信じさせるには十分すぎるほどです。

神が、私たち全員を憐れんで下さいますように。

免責事項

この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

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疫病、それらを誰が起こしたのか?

5月 16, 2020 0 Comments


新型コロナウィルスは世界中で何千人もの人々に感染と殺害を続けていますが、多くの国々の首脳は、起こり得る2度目の波状に対する恐怖を既に表明しています。

聖書的に言えば、疫病が再発する可能性は本当にあります。つまり、2度目、3度目の波状、またはそれ以上の波状が発生する可能性があります。

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黙示録 11:6
この人たちは、預言をしている期間は雨が降らないように天を閉じる力を持っており、また、水を血に変え、そのうえ、思うままに、何度でも、あらゆる災害をもって地を打つ力を持っている。

疫病、悪病、呪いの発生状況は、神に対する私たちの従順さか不従順さに関係しています。

聖書は、人類が経験するという可能性のある非常に多くの種類の呪いや疫病について語っています。

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申命記 28:15
もし、あなたが、あなたの神、主の御声に聞き従わず、私が、きょう、命じる主のすべての命令とおきてとを守り行なわないなら、次のすべてののろいがあなたに臨み、あなたはのろわれる。

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申命記 28:16
あなたは町にあってものろわれ、野にあってものろわれる。

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申命記 28:17
あなたのかごも、こね鉢ものろわれる。

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申命記 28:18
あなたの身から生まれる者も、地の産物も、群れのうちの子牛も、群れのうちの雌羊ものろわれる。

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申命記 28:19
あなたは、はいるときものろわれ、出て行くときにものろわれる。

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申命記 28:20
主は、あなたのなすすべての手のわざに、のろいと恐慌と懲らしめとを送り、ついにあなたは根絶やしにされて、すみやかに滅びてしまう。これはわたしを捨てて、あなたが悪を行なったからである。

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申命記 28:21
主は、疫病をあなたの身にまといつかせ、ついには、あなたが、はいって行って、所有しようとしている地から、あなたを絶滅される。

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申命記 28:22
主は、肺病と熱病と高熱病と悪性熱病と、水枯れと、立ち枯れと、黒穂病とで、あなたを打たれる。これらのものは、あなたが滅びうせるまで、あなたを追いかける。

申命記 28:22で述べられた疫病の1つは打たれることです。爆風または突風は、疫病の媒体または乗り物になる可能性があります。健康の専門家は、新型コロナウィルスに感染した人がくしゃみ、咳、または会話をすると、その飛沫から感染する可能性があると述べています。そのため、ウイルスの蔓延を防ぐために、物理的な距離を厳密に守ることが一般に推奨されています。彼らは、このウイルスは空中浮遊ではないと言っていますが、風や空気がその伝染に関与していることは否定できません。そして研究によると、この新型コロナウィルスは数時間も空中で検出可能なままです。


中国で始まった新型コロナウィルスは、ほんの数週間から数か月で世界のほぼすべての国に浸透することができました。現在、米国では新型コロナウィルス陽性のケースが最も多くなっています。このため、多くのアメリカ人、特にニューヨーク在住の人々は、大統領、ドナルド・トランプ氏がこの汎流行に対する準備に失敗したことについて、非常に激怒しています。それは、馬鹿げていると思います!そもそも、誰がそれに対して備えることが出来たのか?このウイルスの発生源の中国でさえも準備ができていませんでした!

この汎流行はすでに国家元首の支配を超えています。チャールズ王子でさえ、新型コロナウィルスに対して陽性反応を示したのではないでしょうか。そして、彼らは接触追跡を行なった後でも、彼がどのようにウイルスを獲得したかを追跡することができませんでした。それは、空中に運ばれるウイルスが本当にあるからです。

人間の酷い邪悪と神への不服従は別として、聖書の宣言に言及しようとするなら、疫病の発生へのもう一つの寄与因子は、多くの牧師と宗教指導者の習慣であり、それは聖書に記されてあります。

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黙示録 22:18
私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。

そのような疫病の例は、消耗病や結核病のような消耗性疾患です。腸チフスのような発熱、灼熱。しかし、人間の邪悪さがさらに強まると、聖書に書かれていなかった疫病を人類が経験することになります。

なぜ現在、エボラウイルス、鳥インフルエンザ、中東呼吸器症候群、豚インフルエンザ、重症急性呼吸器症候群、そして今では新型コロナウィルスが存在するのかは、過去の世代には知られていないのは当然のことです。それは、人間がより悪になったからです。

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申命記 28:59
主は、あなたへの災害、あなたの子孫への災害を下される。大きな長く続く災害、長く続く悪性の病気である。

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申命記 28:60
主は、あなたが恐れたエジプトのあらゆる病気をあなたにもたらされる。それはあなたにまといつこう。

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申命記 28:61
主は、このみおしえの書にしるされていない、あらゆる病気、あらゆる災害をもあなたの上に臨ませ、ついにはあなたは根絶やしにされる。

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申命記 28:62
あなたがたは空の星のように多かったが、あなたの神、主の御声に聞き従わなかったので、少人数しか残されない。

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申命記 28:63
かつて主があなたがたをしあわせにし、あなたがたをふやすことを喜ばれたように、主は、あなたがたを滅ぼし、あなたがたを根絶やしにすることを喜ばれよう。あなたがたは、あなたがはいって行って、所有しようとしている地から引き抜かれる。

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申命記 28:64
主は、地の果てから果てまでのすべての国々の民の中に、あなたを散らす。あなたはその所で、あなたも、あなたの先祖たちも知らなかった木や石のほかの神々に仕える。

申命記 28:59の「wonderful(英語版)」という言葉(「主は、あなたへの災害、あなたの子孫への災害を下される。大きな長く続く災害、長く続く悪性の病気である。(新改訳聖書版)」というのは、何か悪いことを伝えます。そこで「wonderful(英語版)」という言葉は、非常に奇妙で陰惨な何かを意味します。並外れた何か。つまり、非常に厄介で恐ろしい疫病が実際に存在し、それらは「大きな」および「長い間に続く」と表現されています。そのため、それらは大きな有害な影響を引き起こす可能性があります。

振り返ってみると、世界ではインフルエンザやスペイン風邪による4千万人から1億人の死者が出ており、1918年には腺ペストがあった。それは新型コロナウィルスが登場してからほぼ100年前のことだった。

私の恐れていることは、この疫病がさらに長く続くと、多くの人々が死ぬことです。申命記 28:61で述べたように、「主は、このみおしえの書にしるされていない、あらゆる病気、あらゆる災害をもあなたの上に臨ませ、ついにはあなたは根絶やしにされる。」

この疫病は、2つの視点から見ることができます。最初に、それは神から下るかもしれません。何故なら、人間はとても悪になり、人間が悔い改め、自分の愚かさを悟り、そして、目覚めの呼びかける者として役に立つことを神は望んでおられているからです。2つめは、神の敵、青ざめた馬に乗る者、それの野望は、人類に大混乱をもたらすことから来るのかもしれません。

この疫病が神から来たものである場合、それが人間の罪深さと神の戒めへの完全な反抗の結果である場合、多くの人が倒れることになります。それは人の命の非常に大きな損失を引き起こす可能性があります。しかし、この疫病が神の敵、青ざめた馬に乗っている者によって引き起こされた場合、それを止めることができる可能性があります。

どちらが疫病の原因であるにせよ、全能の神は私たちが悔い改めて、神の元に戻ることは、疫病を終わらせる力を持っています。ニネベは、彼らの邪悪さが原因で神に滅ぼされそうになったことを思い出してください。しかし、彼ら全住民が悔い改めて神の元に戻ったことで、彼らが降りかかるはずだった破壊を免れました。

ニネベに起こったことは私たちにも起こるかもしれません。彼らが神の憐れみを手に入れ、破壊から救われたなら、ニネベの人々がしたことだけをやれば、この新型コロナウィルスの汎流行からも救われるかもしれません。私たちが悔い改め、私たちの悪行から背き、自分自身らを神の権限に戻したらと思います。


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善いお知らせは、人類の為に希望があること

5月 09, 2020 0 Comments


20世紀と21世紀の前期は、洪水、地震、および旱魃などの自然災害から、通貨膨脹、戦争、テロなどの人為的な問題等のさまざまな種類の危機を経験してきました。しかし、多くの人々は、新型コロナウィルスの汎流行がおそらくすべての中で最悪であることを証明しています。実際、高齢者はこれほど恐ろしくて壊滅的なものはこれまで経験したことがなかったと主張しています。それは、経済に大きな打撃を与えました。人々の移動を制限しています。それは、多くの死者を出し、貧しい人々の生活をさらに困難にしました。

すべてのニュース・ポータルは、毎日増加する死亡人数と新しい症例を報告しているだけなので、多くの人は事態がさら​​に改善するかどうか尋ねざるを得ませんでした。改善可能の場合、いつ、どのように?そして、誰がこの恐ろしい状況から人類を救助できるでのしょうか?

このウイルスが生み出した広大な問題の解決策を全世界が暗闇の中で探っている一方で、人類に希望と大きな安堵を与えることができる朗報はあるのです。善い知らせは、私たちが神に服従し、神に従い、神を信頼するならば、常に私たちを救ってくださる神がいるということです。

今日、多くの人々が落胆し、多くの不安に圧倒されている理由は、彼らが、神と神のできることへの信頼を欠いているためです。さらに悪いことに、彼らは自ら神と離れています。

神への私たちの信頼は、私たちに心の平和、希望、慰め、そして積極的さを与えるものです-私たちの免疫力を高めるだけでなく、疫病、悪疫、または汎流行などの困難な状況への対処にも役立ちます。

専門家によると、統計は毎日急上昇し続けているため、この新型コロナウィルス汎流行はまだピークに達していません。 [報告に基づいて、その開始からこの執筆まで、世界中で300万人以上が陽性反応を示し、100万人以上が回復し、20万人以上が死亡しています。]

神がエジプト人に疫病を送ったとき、たった一夜でエジプト人らのすべての初子は死にました。その疫病は、数時間で数千人が亡くなったため、より壊滅的なものであったと言えます。そして、それはエジプト人にイスラエルの神がいかに強力であるかを示すためでした。 新型コロナウィルスに関する限り、今のところ1泊で何千人もの死者を出した国はまだないと思います。私が間違っている場合はご是正下さい。

神の御言葉によると、疫病は数千人の転倒、つまり死を引き起こす可能性があります。

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詩編 91:6
また、暗やみに歩き回る疫病も、真昼に荒らす滅びをも。

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詩編 91:7
千人が、あなたのかたわらに、万人が、あなたの右手に倒れても、それはあなたには、近づかない。

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詩編 91:8
あなたはただ、それを目にし、悪者への報いを見るだけである。

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詩編 91:9
それはあなたが私の避け所である主を、いと高き方を、あなたの住まいとしたからである。

今、全世界が置かれている状況は、まだ絶望的なものではありません。まだ治療法があります。私たちが、神を私たちの逃げ処にするなら、この疫病は終わるかもしれません。もし、私たちが、神に信頼を置くのならば。

しかし、人々が神を信じることを拒否し続けるなら、彼らには 詩編 91:7 に書かれていることが実現されます。「 千人が、あなたのかたわらに、万人が、あなたの右手に倒れても、それはあなたには、近づかない。 」

繰り返しますが、善い知らせはウイルスの根絶ではありません。善い知らせは、人々が神に信頼を置き、心から神の教えを守り、邪悪な道を離れれば、人々はこの伝染病から救われるかもしれないということです。そして、彼らがこのウイルスに感染したとしても、それは彼らの転倒や死を引き起こさないでしょう。詩編 91:8で述べられているように、「あなたはただ、それを目にし、悪者への報いを見るだけである。 」神は疫病を食い止め、神を信頼し、神の元へ逃げる人々を救う力を持っています。

新型コロナウィルスに対する世界の戦いはまだ終わっていませんが、家族や愛する人だけでなく、最前線にいるすべての人々(国のリーダー、医療機関)のために祈ることが非常に重要です。提供者、平和と秩序を維持する人々、基本的なサービスの提供に従事する人々、そして他のすべての人のために。彼らの安全と保護を祈りましょう。

私たちが祈ることは、神の戒めです。

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フィリピ 4:6
何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

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フィリピ 4:7
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

私たちの熱心な祈りと神への信頼は、疫病と悪病に対する強力な武器です。ですから、必ずお祈りしましょう。

神は、私たちに権威のある人々を含むすべての人のために祈ることを望んでおられます。

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テモテ 一 2:1
そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。

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テモテ 一 2:2
それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。

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テモテ 一 2:3
そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。

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テモテ 一 2:4
神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

神は、私たちが他の人々のために祈るときはいつでも喜んでおられています。

残念ながら、時々、他の人々が祈るのは、あるカトリック教の司祭がしているように、他の人々の破壊や没落です。彼はドゥテルテ大統領の死を祈っています。私はそれが司祭のようにとてもふさわしくないと思います。彼がクリスチャンでありキリスト教の擁護者であると公言するなら、彼は権威のある人々のために私たちが祈るべきである聖書の忠告を知っているべきです。あるいは、聖書を読んでいないので、彼はそれを知らないのかもしれませんね!

クリスチャン、またはキリストの追随たる者は、敵のことをも祈ります。

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マタイ 5:44
しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。

私たちを迫害し、私たちに感謝している人たちのためにでも、私たちは祈らなければなりません。しかし、彼らの死や不幸を祈るのではなく、神が彼らを祝福し、彼らを憐れんでくださるように祈りましょう。

神が私たちが仲間に愛と憐れみを示すことを見ると、神は確かに私たちにも憐れみ深くなるでしょう。

そして、神の憐れみと神への信頼によって、私たちは新型コロナウィルスから救われることができます。アーメン。

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この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

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人類に対する神の言葉を無視することの危険性

5月 06, 2020 0 Comments


今日人類に起こっている不穏なことはすでに聖書で預言されていました。

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黙示録 6:8
私は見た。見よ。青ざめた馬であった。これに乗っている者の名は死といい、そのあとにはハデスがつき従った。彼らに地上の四分の一を剣とききんと死病と地上の獣によって殺す権威が与えられた。

ヨハネに与えられたこの啓示は確かに非常に怖いです。想像してみてください。死とハデスは地球の1/4分に対する権威を与えられました。ヤツらは、剣と飢饉で多くの死を引き起こします。それが発生する可能性のある1つの方法は、紛争や戦争を扇動し、その結果、多くの企業や産業の破壊と閉鎖を引き起こし、飢饉や飢餓につながる可能性があることです。そして私たちが知っているように、人々が飢えたら、人々は冷酷で無法になります。したがって、人々が食物のために殺したり、死ぬ準備ができたりすることは、遠い可能性ではありません。

これらはすべて、青ざめた馬に乗っている死という名の者の行動です。それは、サタンから来た霊であり、疫病、飢餓、戦争、および野生動物によって引き起こされる感染症をもたらすので、全世界に憂懼と恐怖をもたらすことです。

今、私たちの周りを見回すと、青ざめた馬に乗っている者がその任務を遂行するのに忙しいのは明らかです。ヤツは、国々を互いに戦争させるよう挑発しています。そして現在、ヤツは容赦なく人々を殺害している。ウイルスは健康専門家がCOVID-19と名付けた。私たちは、少なくとも今のところまだヤツがその使命をまだ完全に果たせないことを望んで祈ることしかできない。

この新型コロナウイルスが世界中に広まったため、人類は準備ができていない状態で捕らえられています。人間は無力な立場に置かれ、顔の見えない、目に見えない敵から身を守ることができませんでした。この新型コロナウイルスとの戦いは、空腹のライオンに追われるよりもさらにタチが悪いものです。後者ならば、少なくともできるだけ速く走って命を守るか、獣の動きを止めるために武器を使うことはまだできます。

非常に怖いのは、誰もが気づかないうちにこのウイルスに感染する可能性があるという事実です。例えば、感染者からの飛沫が含まれているボールペンや紙幣を持っている手で目や鼻をこすると、人が感染する可能性があります。

専門家によると、特定の条件のもとでは、この新型コロナウイルスは、着地した表面に応じて、3〜5日間生存する可能性があります。研究によると、新型コロナウイルスは段ボールに着地した場合、24時間生存する可能性があります。ステンレス鋼で2〜3日。プラスチックで3日間。そして銅の上で4時間。ウイルスに抗菌性と抗菌性があるため、銅または銅合金の上に落ちると、ウイルスの寿命ははるかに短くなります。


専門家らがそれを証明するために実験を行なったから、私はそれが本当であると信じる傾向があるわけではありません。実際、それらの実験がなくても、聖書には銅の消毒剤としての有用性が述べられているからであって、私はそれを信じる傾向があります。

覚えておいてください、イスラエル人は彼らの溶かした耳輪から偶像となる子牛を造った時、彼らは神に対して罪を犯しました。彼らは金色の耳輪を溶かし、それから彼らの神となる子牛を造りました。しかし、当時溶かされたすべての耳輪が本物の金で作られたわけではないという大きな可能性を考慮する必要があります。他は単に金のようであるかもしれませんが、実際には銅でした。そして彼らは、彼らの偽りの神を作るのに使用した混合物に金と銅の合金を持っていました。そして、彼らが主の与えられた疫病から救われるために、モーセは溶かした子牛を燃やして粉になるまで砕き、イスラエル人に飲まされた水にふりかけた。苦い味だったかもしれませんが、疫病から彼らを救ったのでしょう。

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出エジプト記 32:20

それから、彼らが造った子牛を取り、これを火で焼き、さらにそれを粉々に砕き、それを水の上にまき散らし、イスラエル人に飲ませた。

銅は消毒作用があります。この事実は、アロンとその息子たちが会衆の幕屋と祭壇に入るときはいつでも守らなければならなかった神からの教えでさらに強化されました。

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出エジプト記 30:18
「洗いのための青銅の洗盤と青銅の台を作ったなら、それを会見の天幕と祭壇の間に置き、その中に水を入れよ。

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出エジプト記 30:19
アロンとその子らは、そこで手と足を洗う。

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出エジプト記 30:20
彼らが会見の天幕にはいるときには、水を浴びなければならない。彼らが死なないためである。また、彼らが、主への火によるささげ物を焼いて煙にする務めのために祭壇に近づくときにも、

会見の天幕に多くの人々が行くので、神は安全な場所になるように望みました。それが、アーロンと彼の息子たちが入る前に足を洗うべき真鍮製の海苔、または、大きな洗面器を置いた理由です。 [真鍮は銅と亜鉛の合金です。]なぜそうするように指示されたのですか?確かに、その特定の指示の背後には知恵があります。

銅はウイルスと細菌を破壊する。何故、それはどこにでもないのですか?

ソース: www.vice.com/en_us/article/xgqkyw/copper-destroys-viruses-and-bacteria-why-isnt-it-everywhere

科学者によるの長期にわたる綿密な研究の結果、彼らは銅に抗菌作用と抗菌作用があることを発見しました。おそらく、銅製の洗面器に水をかけると、銅のイオンが水と結合するため、コロイド状の銅が生成されます。したがって、アロンと彼の息子たちに与えられた指示は、彼らがそこに向かった他の人々によって運ばれたかもしれない細菌やウイルスに感染しないようにするための予防策でした。

本当に驚くべきことは、科学が消毒における銅の有用性を発見するずっと前から、それは聖書ですでに述べられていたという事実です。聖書が人生のあらゆる面において権威であること、そして神のすべての御言葉には常に知恵があることを証明しています。

全世界が直面している現在の苦境、特に新型コロナウイルスでは、イスラエル人が科学的価値も持っているため、イスラエル人が彼らの時代に観察した特定の措置を採用すると役立つかもしれません。例えば、自宅では銅製の家庭用品を使用できます。水を飲む場合は、銅製の容器に入れてください。手を洗う場合は、石鹸と水で洗った後、銅製の洗面器に入れた水に手を浸します。

神の処方箋の後に私たちがわたしたちの人生を模倣しようとするなら、それは、私たちに多くの良いことになります。もしかしたら、手すりやドアノブにステンレス鋼の代わりに銅を使用することに戻る時がきたのかもしれません。銅、または銅の合金さえ存在するだけで、細菌やウイルスの寿命が短くなるので、感染する可能性を減らすことができます。

しかし、何よりも、本当に私たちを救うことができるのは、神への従順です。神の戒めを守れば害はありません。神の戒めに従うなら、たとえそのような戒めの背後にある知恵を完全に理解していなくても、自分の利益のためになることを確信できます。それらはすべてあなた自身の利益のためです。

実際に人類が現在、多くの災害を経験している主な理由は、非常に多くの人々が神から離れたためです。彼らは神の御言葉を無視することを選択しました。彼らは自分の気まぐれだけに従うことを選んだ。

しかし、ウイルスや疫病のような問題に悩まされにくい生活をしたいのであれば、神様の御心に沿った生活をしてください。神の教えと戒めに従い、私たち全員が神の恵みと憐れみに完全に依存しているという事実を認めます。

神が私たちみんなを祝福し、守って下さいますように!

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この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

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人間の神への信頼から発される前向きさの利点

5月 06, 2020 0 Comments



新型コロナウィルスの拡大は、事実上、世界のあらゆる地域で、いわゆる世界の先進国々でさえ、多くの人々の心に大きな恐れを投げかけています。特に、この特定のコロナウイルスは誰に感染するのかを人を選ばないことを人々が見たとき、それは、権力のある政治家、王族、有名人、さらにはバスケットボールのスーパースターのような、金持ちで有名な人さえも被害を受けています。


ウイルスがどれだけ速く伝染するかを見て、咳、くしゃみ、または普通に咳をした人に対して、彼らがウイルスの保因者である可能性があると疑い、恥をかかせられている人たちもいます。だから彼らは感染するかもしれないという恐怖から自分自身を遠ざけようとします。

このウイルスへの恐怖により、多くの人が新型コロナウィルス陽性の症状を示す可能性についても不安を抱いています。したがって、毎日、彼らの考えは、全世界が経験している健康危機に取り憑かれています。

人間の心は非常に強力です。時には、人が常に考えていること、つまり重大な病気にかかるなど、人が深く恐れていることを、自分の器官に吸収させることができます。そして、人がそのような考えをすぐに捨てなければ、それらは現実になりかねます。

つまり、特定の病気にかかることへの大きな恐怖が人にあり、人が昼夜それを考え続け、自分の心がそれに設定されている限り、人は本当にその病気にかかる可能性が非常に高いです。聖書はそれを認めています。

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箴言 18:14
人の心は病苦をも忍ぶ。しかし、ひしがれた心にだれが耐えるだろうか。

神の御助けにより、私たちの心と精神は私たちの弱さを打ち消し、または相殺する力を持っています。私たちの精神と神への信頼は、私たちが恐れや不安にどう対処すべきかを導きます。

しかし、あなたの心が常に様々な恐怖に夢中になっているなら、あなたがそれらについて絶え間なく考えているならば、あなたの恐怖は本当にあなたに訪れるでしょう。

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箴言 10:24
悪者の恐れていることはその身にふりかかり、正しい者の望みはかなえられる。

目に見えない敵との戦いの最中でも、人生の前向きな見方を身につけることが重要です。人生のあらゆる面で-私たちの道のすべての課題、そして、私たちが経験するあらゆる健康問題で-常に神を信頼し、積極性を実践することが重要です。

根拠のない恐怖はストレスや鬱病を引き起こし、免疫力を弱める可能性があります。一方、前向きな見通しを持っていると、人の免疫力を高めることができます。強力な免疫力は、ウイルスを弱め、さらには圧倒します。

人生において前向きな見方をしている人は、簡単に気になりません。その人は、問題によって簡単に揺さぶられることはなく、その人の心配や恐れがその人の命を左右されません。代わりに、その人は心の安らぎと非常に前向きな性格を持っています—神へのその人の信頼と神が何かをして下さることへのその人の信頼から発する積極性。

その人は結局のところ、勝つのは全能の神の意志であり、それがすべての改善のためであると信じています。

アメリカの一部の医師が行なった研究では、人の神への信念がその人の健康にプラスの影響を与えることが出来ると分かったのです。

神を信じることは、本当にあなたを気持ちよくさせると研究は示唆しています

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“The new analyses reviewed previous studies of spirituality involving more than 44,000 cancer patients altogether. The studies varied in many ways, but religion and spirituality were associated with better health regardless of specific religion or set of spiritual beliefs.”

:翻訳:
新しい分析では、44,000人を超えるがん患者を対象とした精神性に関するこれまでの研究を総括しました。研究は、様々な方法で変化しましたが、特定の宗教や一連の霊的信仰に関係なく、宗教と霊性はより良い健康に繋がっていました。

ソース: https://nypost.com/2015/08/10/belief-in-god-really-does-make-you-feel-better-study-suggests/

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その特定の研究では、医師は、患者の宗教的所属や宗教的信念や慣行に関係なく、神への信仰が回復に積極的に寄与することを確立することができました。しかし、もちろん、より迅速な回復は、幸せな気質と人生の前向きな見方も持っている神の信者から期待できます。

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箴言 17:22
陽気な心は健康を良くし、陰気な心は骨を枯らす。

これはすべての面で非常に当てはまります。それは科学によっても確認されています。あなたの骨は、壊れた精神によって偏見されますが、「陽気な心は健康を良くします」。陽気な心、前向きな見通しが人の健康に貢献することは、医師でさえ同意しています。前に述べたように、あなたは自分の前向きさが神への信頼から発するのだということに注意する必要があります。

私たちの行動を導くのは神への信頼です。たとえば、特定の健康に問題がある場合は、医師に相談する前や薬を服用する前に、まず神に祈りましょう。

医師がたまたま専門医であっても、間違いを犯しがちです。彼らはまた、特定の脆弱性と制限があります。しかし、あなたが最初に祈れば、神はあなたの病気を診断し、あなたに適切な処方を与えるように医師を導くでしょう。

科学分野の進歩という点で、アメリカ合衆国が達成したことは人類の歴史において比類のないものであることは否定できません。

ただし、健康管理が進んでいるにもかかわらず、アメリカで3番目に多い死因は医療過誤であり、これには間違った処方箋、誤診、病院感染が含まれていることが皮肉です。

米国で3番目に多い死因は、ほとんどの医師があなたに知ってほしくない・・・

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“Medical errors are the third-leading cause of death after heart disease and cancer.”

:翻訳:
医療失敗は、心臓病や癌に続く第3位の死亡原因です。

ソース: https://www.cnbc.com/2018/02/22/medical-errors-third-leading-cause-of-death-in-america.html

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これは、医師に対する神の導きが非常に必要とされるところです。医師が神に導かれたら、彼または彼女は正しい診断を下し、正しい薬を処方することができ、患者に感染を引き起こさないように特別な注意を払うように促されます。

神は医者ができないことをできます。神は医者が見えないものを見て、医者が理解していないものを知っておられています。主の導きを通して、医師は正確かつ正確に自分の仕事を行なうことができ、あなたは誤診や間違った処方箋の犠牲者になることはありません。

間違った処方箋を与えたり、誤診したり、病院で感染したりすることさえ、一部の医療専門家の不注意から生じている可能性があります。

私が読んだある記事で、肝炎やエイズのような病気に苦しんでいるアメリカの退役軍人がいたと述べました。調査したところ、エイズに感染していることが判明した89歳の退役軍人が、定期検診を受けている退役軍人病院から入院したことが判明した。一方、別の退役軍人は、歯科処置を受けたときに肝炎を発症した。

退役軍人局の病院は1800人の退役軍人をHIVに感染させた可能性がある

ソース: https://edition.cnn.com/2010/US/06/30/va.hospital.hiv/index.html

歯科医でさえ、彼らの仕事の遂行において不注意で無謀である可能性があります。私自身、一部の歯科医が患者に感染する可能性が高いことを観察しました。そうです。歯科医たちは手袋を着用し、歯科用器具は滅菌されています。しかし、彼らは患者に有害であるかもしれない特定の側面を見落とす傾向があります。

たとえば、抜歯を行なう際、歯科医は歯科用椅子に触れて調整する場合があります。また、患者の口がよりはっきり見えるように光を調整します。その後、手袋を交換せずに、歯科用椅子と照明に触れたのと同じ手で患者の口をもう一度精査しましたが、どちらも消毒されていませんでした。

歯科用椅子と照明にウイルスがなかったことに、どれほど確信出来るでしょうか。ウイルスは一定の期間表面で繁殖することができます。コロナウイルスの場合、家庭外での寿命は約5日です。

私が指摘しようとしているのは、確かに、仲間に対する不注意と思いやりの欠如は、人生を害する可能性があるということです。このため、全能の神の介入が唯一の頼みの綱と言えるでしょう。

特に多くの人々が混乱し、落胆し、絶望的であるように見えるこの悲惨な時期に、私たちが常に神の憐れみと保護を懇願するなら、それは私たちに安心感を与えます。

神を信頼しましょう。私たちの人生と私たちが持っているすべてのものを神に任せましょう。

被害妄想になったり、自分の手に負えない事柄について心配するのではなく、この困難な状況を、熱心な祈りを通して常に神と交信を取る機会として利用しましょう。

神は、人間には見えないウイルスを見ることが出来ます。神は、一瞬でそれらを全滅させる御力を持っておられています。そして、神はまた、この致命的なコロナウイルスに対する解毒剤を見つけることで関係者となっている人々を導くことができます。

この汎流行がますます多くの人々を神に近づけ、神の慈悲と愛ある親切への私たちの完全な依存をすべての人に悟らせることを心から願っています。

永久に、神様に栄光あれ。アーメン。

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