キリストの来臨と裁きの日についての誤解に光を当てること


現在のほとんどすべての宗教に共通していることが1つあるとすれば、「主イエスキリストが戻られた時、それは主のsecond coming(二度目の来臨)であり、その日は既に裁きの日になる。」と彼らは信じています。申し訳ありませんが、そうは思いません。

まず第一に、聖書には「second coming(二度目の来臨)」という言葉はありません。 「second coming(二度目の来臨)」への信念は、ラムサ氏の無謀で誤った聖書の翻訳の結果でした。実際、現在に利用可能な聖書の多数の翻訳のうち、ラムサ翻訳版だけが「second coming(二度目の来臨)」という用語を使用しました。他のすべての翻訳は使用しませんでした。残念なことに、ラムサ氏は多くの宗教に影響を与え、誤解を与えました。そのため、現在多くの人々が、キリストの地上への来臨が主のsecond coming(二度目の来臨)であると考えています。

主イエス・キリストが再び来ることは確かですが、それは主のsecond coming(二度目の来臨)でも、すぐに裁きの日になることでもありません。キリストは再び来られます。主が戻られた時、主は死者全員ではなく、主のうちにいた人たち、つまり主の教えを成就して死んだ人たちだけを蘇らされます。これは、第一の復活と呼ばれています。しかし、地上でのキリストの千年間の支配がまだ残っているため、それはまだ最後の裁きの日にはなりません。

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黙示録 20:6
この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。

第一の死者の復活は、キリストが戻られた時に実現されます。第一の復活の一部となる人々は、神とキリストにあっての祭司になり、彼らは地上で主と共に千年の間支配します。

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コリント 一 15:24
それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、国を父なる神にお渡しになります。

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コリント 一 15:25
キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。

千年の間、キリストはすべての支配、すべての権威、すべての力を従わさせなければなりません。。主はすべての悪を打ち負かします。

千年の間の後に最後の裁きの日が来ます。キリストが裁きをなされます。

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コリント 二 5:10
なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

私たちは主の来臨に備えなければなりません。祝福されたと見なされる人々の中にいるためには、主が来られたとき、私たちが御心を行なっていることを主に見られることが非常に重要です。

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マタイ 24:46
主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見られるしもべは幸いです。

主イエス・キリストが天国に昇られる前に、主は使徒たちに、すべての国々に主の戒めを教えるという特定な指示を残しました。

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マタイ 28:20
また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

キリストは、私たちに主のすべての戒めを守ってほしいと望んでおられます。イエスが戻られた時に私たちが主の教えと戒めを満たしていることを見られたら、私たちは祝福された者と見なされます。

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黙示録 22:12
「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。

そうです。キリストは再び来られます。しかし、繰り返しになりますが、主は既に2回以上も地球に来られていましたので、主のsecond coming(二度目の来臨)にはなりません。例えば、イスラエル人たちが荒野にいた間、主は彼らを追っていて、岩の形で主はご自身を彼らに示しました。

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コリント 一 10:3
みな同じ御霊の食べ物を食べ、

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コリント 一 10:4
みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。

主イエス・キリストは、イスラエル人たちに続く岩であり、荒野にいる間に彼らに水を飲ませる岩でした。つまり、主が肉体で現れる前に、主は既に(岩の形で)地上に来ていました。

主が地上に来られたもう一つの例は、私たちを罪から贖うために人間の形を取っておられ、マリアが主を産んだ時でした。

なので、主が再び次に来られる時、それは主のsecond coming(二度目の来臨)ではありません。

実際、私が引用した例に加えて、キリストは既に何度も地球に降りては、天国に昇っていたのです。

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箴言 30:4
だれが天に上り、また降りて来ただろうか。だれが風をたなごころに集めただろうか。だれが水を衣のうちに包んだだろうか。だれが地のすべての限界を堅く定めただろうか。その名は何か、その子の名は何か。あなたは確かに知っている。

私たち全員が知っているように、すべてのものは神と神の御子によって創造されました。そして、創造の間、キリストは地上に降りたり、天に昇られたりしました。ですから、キリストが次に再臨された時、それはキリストのsecond coming(二度目の来臨)ではないという意味です。

主イエス・キリストは再び来られます。それは間違いありません。しかし、それが主の3度目、4度目、または5度目の「来臨」かどうかについては、正確には分かりません。しかし、一つ確かなことは、それが主のsecond coming(二度目の来臨)でも、最後の裁きの日にもならないということです。

免責事項

この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

愛することは、他人を安全に生きるようにさせること


新型コロナウィルスの汎流行が人類に脅威を与え続けている今、全世界は全く無力です。専門家はこの疾患に適切な薬とワクチンを見つけることを目的とした臨床試験と研究の実施を決して止めませんが、世界の健康危機は少なくとも近い将来までにはまだに終わらないようです。

人間ができることには限界があるので、私たちが今必要としているのは神の介入であることは間違いありません。人間の制御に及ばないものがありますが、それらは神によって制御可能です。そして、人間の能力を超えているものがありますが、それらは全能の神によって簡単に処理できます。

数え切れないほどの機会に、神は信者と非信者の両方にご自身の全能さと御力を証明しました。例えば、モーセの時代には、多くの驚くべき神の行ないがエジプト人によって目撃されました。パロがイスラエル人を解放することを拒否したとき、神はパロの家臣を含むすべてのエジプト人の家庭を満たしたエジプトの国にアブの群れを送りました。パロはモーセに呼びかけ、アブたちを追い払うよう神に懇願するようにモーセに要求しました。モーセはパロがイスラエル人をすぐに解放するという条件に同意しました。

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出エジプト記 8:31
主はモーセの願ったとおりにされたので、あぶはパロとその家臣およびその民から離れた。一匹も残らなかった。

当時のエジプトの国がどれほど強力だったかを考えると、それでもアブの群れを追い払うことはできませんでした。しかし、モーセが神に祈ったとき、すべてのアブたちは追い払われ、アブは一匹も残されませんでした。

アブは神の創造物です。すべての生き物の創造者として、神はそれらのすべてを完全操作する御力を持っておられます。このように、アブたちだけではなく、パロがイスラエル人を解放するという自分の約束を破り続けたことでエジプトのすべての土地の上に上がったイナゴたちさえ追い払った。

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出エジプト記 10:19
すると、主はきわめて強い西の風に変えられた。風はいなごを吹き上げ、葦の海に追いやった。エジプト全域に、一匹のいなごも残らなかった。

神からの単純な命令で、強力な西風が吹き、イナゴを追い払い、葦の海に追いやりました。

間違いなく、神の無限の御力によって、神は今の世界に蔓延するこの新型コロナウイルスに対しても同じことをすることができます。神はウィルスを追い払い、おそらく別の惑星に投げ込むこともできます。どうでしょう?すべてのウイルスは、神の御力に抵抗するには小さすぎます。

但し、私たちが最初に、私たちの違反に対する真の悔い改めと、神の教えを受け入れ、守る意欲を神に示しましょう。そして、神は私たちの誠実さを見て、確実に私たちに憐れみをお与え、私たちをこの疫病から救って下さいます。。

悪病と疫病は人間の罪深さの結果として起こります。だからこそ、私たちの誠実な悔い改めは、この疫病を終わらせる上で神が考慮すべき要因となり得るのです。ニネベの人々がしたことだけを倣えば、疑いもなく、彼らがしたように私たちも神の憐れみに値するでしょう。

彼らが預言者ヨナから神が彼らを滅ぼすことを知ったとき、ニネベの人々は時間を無駄にしませんでした—彼らは彼らの不正を悔い改め、断食し、彼らの邪悪な道を背き、熱心に神に祈りました。神がニネベの人々がしたことを王から市民の最も低い人までを見たとき、神は彼らに降りかかるはずの破壊を差し控えたのです。それで、ニネベ全体が救われました。

これが、私が絶え間なく祈るように皆に常に訴えかけている理由です。神が最強であるため、神の憐れみを呼び起こしてみましょう。神だけがこの汎流行から私たちを救うことができます。神だけが、致命的なコロナウイルスを追い払い、根絶する御力さえ持っています。

現在、死者の数は依然として数千人にのぼり、新型コロナウィルスで亡くなった人々が適切な埋葬を受けられなくなった場所もあります。

実際、そのようなことが起こったのはこれが初めてではありません。聖書でさえ、死亡後にもはや埋葬されなくなった人々がいて、彼らの愛する人は彼らの死を嘆き悲しむ機会が与えられなかったと述べています。

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エレミヤ書 25:32
万軍の主はこう仰せられる。見よ。わざわいが国から国へと移り行き、大暴風が地の果てから起こる。

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エレミヤ書 25:33
その日、主に殺される者が地の果てから地の果てまでに及び、彼らはいたみ悲しまれることなく、集められることなく、葬られることもなく、地面の肥やしとなる。』」

人類は、以前の疫病の間、具体的にはスペインのインフルエンザと腺ペストの襲撃中に、伝統的な葬儀や埋葬式を行わずに死者全員を集団墓地に葬ったときに、これらを既に経験していました。同様に、家族は亡くなった愛する人たちを嘆き悲しむ機会を与えられませんでした。そして、私たちの世代にも同じことが起こる可能性が非常に高いのです。

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コヘレトの言葉 3:15
今あることは、すでにあったこと。これからあることも、すでにあったこと。神は、すでに追い求められたことをこれからも捜し求められる。

過去に起こったことは再び起こります—過去に起こった善悪が人々に再び起こる可能性があります。それはすべて、私たちの創造主に対する態度と私たちが神をどのように考えているかにかかっています。私たちが熱心で神に反抗していると、悪いことが繰り返されます。しかし、私たちが神の元に戻って、私たちの真の悔い改めと神に従いたいという願いを神に示したなら、良いことが繰り返されます。

今の世界は、新型コロナウィルスと戦うことができるワクチンを見つけることに絶望的であることがわかります。しかし、まだ何も見つからない間に私たちにできる最善のことは、宗教を除けば、政府によって課された健康手順を遵守し、祈ることです。つまり、私たちのこの存在物語の非常に困難な章を克服できるよう、神の御心でこの汎流行を生き抜くことができるように祈りましょう。しかし、神の御心がそうでなければ、私たちの人生は神の御手にかかっているので、私たちは心からそれを受け入れるべきです。その上、全能の神はご自身のしもべたちのために何が良いかを知っておられますから。。

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ローマ 8:28
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

神は、神を愛する人のためにすべてのものを変えることができます。神を愛することは神の戒めに従うことであり、その一つは同胞を愛することです。

多くの国では、新型コロナウィルスで亡くなったすべての人を火葬することを義務付けています。おそらく、亡くなった愛する人を火葬することを誰もが望んでいるわけではありませんが、それでも伝染を止めるのを助かるための一つの方法であるので、人々は健康専門家の指示に屈する必要があります。人々が「それぞれの伝統的な埋葬の儀式を遵守せよ」主張するならば、死者を弔う人々とそれぞれの家族であろうすべての人々が感染するという大きな可能性があるからです。

実際、火葬や死体の焼却は、旧約聖書の時代に遡ります。しかし、それは別の状況の下で行なわれました。今日、新型コロナウィルスの犠牲者は、イスラエル人の時代にウイルスがより多くの人々に感染するのを防ぐために火葬されました。生きたまま火で焼かれる者たちは、卑劣な行為または邪悪な行為を犯した人々に対する神の罰でした。

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レビ記 20:14
人がもし、女をその母といっしょにめとるなら、それは破廉恥なことである。彼も彼女らも共に火で焼かれなければならない。あなたがたの間で破廉恥な行為があってはならないためである。

配偶者とその子の両方を娶る人は、神にとっては忌まわしいです。したがって、その三人は火で焼かれる死刑で処されます。

この種の罰を与えることは、神がイスラエルの人々に忌まわしい行動を取ることを抑止し、彼らが神を恐れるようにするための方法でした。

しかし、すべての死者が火で焼かれて死んだ訳ではありません。アサ王にしたように死者の遺体が埋葬された事例もあった。

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歴代誌下 16:12
それから、アサはその治世の第三十九年に、両足とも病気にかかった。彼の病は重かった。ところが、その病の中でさえ、彼は主を求めることをしないで、逆に医者を求めた。

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歴代誌下 16:14
そこで、人々は、彼が自分のためにダビデの町に掘っておいた墓に彼を葬り、香料の混合法にしたがって作ったかおりの高い香油や香料に満ちたふしどに彼を横たえた。そして、彼のために非常にたくさんの香をたいた。

主イエス・キリストが復活させたラザロも墓に葬られました。

現在の状況では、新型コロナウィルスが原因で亡くなった人々の火葬は、論理的で高貴なことのようです。あなたが他の人の福祉を気にかけ、本当に彼らを愛しているなら、あなたは多くの人の安全のために個人的な感情を犠牲にするでしょう。

それには聖書の根拠があります。

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コリント 一 13:3
また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。

同胞への愛情により、他人に感染させたくないために死体を火葬にさせる場合、あなたは非常に英雄的なことをしています。それは実際、愛情の仕草です。

自分たちの信仰と原論に堪えたことで生きたまま火に焼かれる死刑で死亡した人々もいました。彼らがカトリック信仰を受け入れることを拒否したために火に焼かれる死刑30万人、主にクリスチャンたちに起こったことのように。

実際、教える皇ヨハネ・パウロ2世が死ぬ前に、彼は、カトリック教会がそれらの人々に対して犯した残酷さについての赦しを懇願しました。 Foreign Post, March 16-20, 2000; Volume 8, No. 370. (2000年3月16日〜20日、外国郵便。第8巻、370号)に掲載されました。


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:画像の英文の日本語訳:
私たちをお赦してください。バチカン市—ローマ教皇教会の歴史において前例の無かった公の告白の中で、聖ピーター大聖堂の十字架像の前で悔い改めて抱擁した教皇ヨハネ・パウロ2世は、過去2000年間にわたる教会の罪に対すの赦しを日曜日に求めました。教皇は、特に十字軍と異端審問で火に焼かれる死刑にされた30万人に言及しました。

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カトリック教会に反対した人々、偽りの神々や偶像を崇拝したくない人々は異端者と見なされました。したがって、彼らは「聖なる異端審問」と呼ばれるものによって危機に瀕して焼かれました。

ですが、「死体」の火葬自体には特に問題はありません。特に、生きてる他人への愛情のために死体を火葬している場合はそうです。死の際になってもなお、愛情故に同胞のために何かをすることができました。そして、あなたは彼らを愛しているから、彼らに感染してほしくない。

他人への愛の重要性をさらに強調するために、コリント一13:3 もう一度引用させてください

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コリント 一 13:3
また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。

あなたが愛情を持っていれば、他人が安全に生きるようにさせます。

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汎流行によって打ち明けられた偽宗教の指導者の偽善


確かに、自宅待機は新型コロナウィルスの拡散に対する一つの効果的な対策です。しかし、多くの市民は、それぞれの家族の生活必要品、特に日常生活の食糧を心配しているため、危険度にも拘わらずに外出を余儀なくされています。

真実、恵まれない同胞たちを助けるために私たちはみんな手を組むのなら、誰も飢えないでしょう。空腹で死ぬ人はいません。

Members Church of God International(国際的・神の教会の会員たち)では、封鎖中と公共検疫が引き起こされている中で多くの人々が経験している厳しい試練に気づいています。ですから、謙虚ながらも私たちの方法で、兄弟姉妹だけでなく、同胞にも食糧や医薬品などの本質的な生活用品を提供するために最善を尽くしています。また、健康に関する問題に対応する24時間年中無休のデジタル・クリニックも設置しています。

この世界的な健康危機では、政府の負担を軽減し、同胞の苦難を軽減するために、あるいは少なくとも、様々な宗教団体のそれぞれの会員や信者たちだけのことなら、様々な宗教団体によって多くのことはできます。これは、様々な宗教団体の指導者らは、自分らの会員や信者たちの福祉を本当に気に掛け、彼らが自分らの会員や信者たちから金銭的寄付を集めるだけではないこと自分らの会員や信者たちに示すことができる時期です。様々な宗教団体の指導者らはいつでも自分らの会員や信者たちの日々の生活に必要なものを提供することができるはずです。

しかし、物質的なものを与えることは別として、これはまた、使徒やキリスト自身であると自己主張する宗教指導者らは、彼ら自身の要塞から出て、宗教指導者らが主張している「自分が持っている超能力」を使い、この疫病を止めて、病院やその他の医療施設で生きるために必死で闘っている人々を癒すのに最適な時期でもありますし、彼らが「本物(の聴力者)であって単に悪用者(利益だけ欲しい)のではないことを人々に証明する機会です。

彼らが本当の使徒・本当のキリストであるならば、病気を治してウイルスを根絶することは、彼らにとってとても簡単なはずです。しかし、なぜ彼らは何もしていないのでしょう?彼らは、苦しんで死ぬ人々を気にしないのでしょうか?なぜ彼らは、聴覚障害者や新型コロナウィルス感染症の患者の悩みを知らないフリをするのでしょうか?彼らの沈黙と不作為は、彼らが本当のキリストと本当の使徒ではなく、偽のキリストと偽の使徒であることを意味するだけです。それは、彼らが本当に力を全く持っていないことを意味するだけなのです—彼らは普通の人々のように無力であり、彼ら自身がこの致命的なウイルスを恐れています。そして、感染するのを恐れて、彼らは、もはや自分たちの避難所から出ることはありません。

これらの高慢な説教者や宗教指導者が嘘つきの集まりであることが明確に分かります。彼らは、自分らが不思議な行為を実行する能力があることや、彼らが天使に命令を与えることができること等を行うことができることを自慢しています。そこでは、彼らの大邸宅と宮殿で!彼らは何をしてくれましたか?......!何もない!

例えば、「任命された!」と主張する一人の宗教指導者さん、つまり自己任命と言いますが、「地震を止める!」など、非常に多くのことを誇ったとある宗教指導者さんがいました。しかし、彼は今どこにいて、彼は何をしてくれましたか?彼が本当に地震を止めることができれば、このウイルスが更に広がるのを簡単に止めることができます。しかし、なぜ彼には出来ないのですか?それは、彼が偽りのキリストだからです!そして、彼が自慢するのは妄想・妄言の他でない。

病人に手をかざすだけで終末期の治癒もできると主張する牧師や司祭はどうでしょうか。彼らもどこですか?廊下や回廊にも新型コロナウィルス感染症の患者がいる病院に行かないのですか?この健康危機が始まってから半年以上が経過し、多くの命が失われましたが、そのうちの治癒力を持っていると主張していた牧師や司祭も出てきて、人々に手を貸すボランティアを一人も誰もしていません。どうして?.....彼らは全員、偽の治癒者であり、信仰の治癒者では無いからです!

明らかに、現代の宗教指導者らでさえ、この汎流行に動揺し、恐怖に陥っています。したがって、彼らは彼らの本拠地で恐怖で畏縮しているでしょう。

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エレミヤ書 51:30
バビロンの勇士たちは戦いをやめて、とりでの中にすわり込み、彼らの力も干からびて、女のようになる。その住まいは焼かれ、かんぬきは砕かれる。

この汎流行が主イエス・キリストと使徒たちの時代に起こったならば、彼らは本当に病気を癒す力を持っているので、感染した人たち全員に手を差し伸べ、人々を癒すために、人々の所へ間違いなく向かいます。

本当のキリストがまだ地上にいらっしゃった時代に、主はあらゆる種類の病気を癒してくださりました。主は、死者を復活させました。同じことが実際の使徒たちにも当てはまりました。

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マタイ 10:1
イエスは十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊どもを制する権威をお授けになった。霊どもを追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいを直すためであった。

使徒たちは同様に、例外なく、すべての病気や疫病を癒す力を神から与えられました—これは人々を癒せる対象には新型コロナウィルスも含まれていたことを意味します。本当のキリストのように使徒たちもまた使者を復活させることが出来て、現代に増殖した偽のキリストや偽の使徒たちとは異なります。

しかし、Members Church of God International(国際的・神の教会の会員たち)の私たちの誰も、私たちが使徒である、または私たちがキリストであると主張していません。また、病気を癒す力があると主張したこともありません。私たちの一人が病気になった時は、私たちはいつでも神に祈ります。私たちは神の憐れみを懇願します。私たちの人生は神の御手にあると信じているので、私たちが元気になった時は私たちを癒して下さったのは神であったことを認めています。

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申命記 32:39
今、見よ。わたしこそ、それなのだ。わたしのほかに神はいない。わたしは殺し、また生かす。わたしは傷つけ、またいやす。わたしの手から救い出せる者はいない。

このような危険な時代において、私たちの唯一の希望は神の憐れみです。私たちが頼ることが出来る者は他に誰もいないので、神の憐れみをいつも祈りましょう。神の慈悲によって、そして、神の御心に反しないのならば、私たちはこの世界的な健康危機を乗り越えることができます。

今、神を信じない人でも、神の御力・強大な力を感じることができます。神が疫病を遣わした時、その衝撃は全世界が実感します。

今起こっていることで、私は本当にどうしても、ヨハネに与えられた啓示の一つを思い出すしかありませんでした。

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黙示録 6:8
私は見た。見よ。青ざめた馬であった。これに乗っている者の名は死といい、そのあとにはハデスがつき従った。彼らに地上の四分の一を剣とききんと死病と地上の獣によって殺す権威が与えられた。

青ざめた馬に乗った者には、剣または戦争で、飢饉、疫病や死病、地球の野獣などという様々手段で、地上の四分の一を殺す力が与えられました。

現在、人類を攻撃しているウイルスは、不潔で悪辣な野生動物ののコウモリ、ヘビ、センザンコウから来たと言われています。コウモリにあったウイルスがヘビにあったウイルスと合併し、ヘビに現在存在するこのハイブリッド・ウイルス(雑種)が更にセンザンコウのウイルスと合併した可能性があります。それらの動物はすべて、野生動物なのです。彼らは、家畜化されてはいけない。そして、それらは同じ場所に置かれるべきではありません。残念ながら、それらはすべて中国の武漢市の一つの市場で入手可能で、そこでは並外れた強さを持つ新しいコロナウイルス、新型コロナウィルスが開発されました。そして、この新型コロナウィルスは、突然変異が起こるまでに何年もかかる通常のウイルスとは異なり、非常に高速・突然変異します。

私は今の世の中で起こっていることを熱心に観察しています。その後、黙示録6:8で言及されている状況を参照します。この現在の疫病は別として、至る所で戦争と争いがあり、国家と国家の間及び、国家内で見られます。人々は飢えて、不安なのです。私たちが今経験しているのが、既に青ざめた馬に乗った者によって、もたらされた疫病であるならば、その者が地上の四分の一を殺す力を与えられたため、それは人命の面で大きな損失を意味します。つまり、今の世界人口が約80億人であれば、約20億人の死を意味します。

私たちは、これが青ざめた馬に乗った者がまだ行なっているのではないことを望み、祈ることしかできません。しかし、もちろんそれが神の御心であるならば、私たちはそれに反対しません。そもそも、私たち全員がいつか死ぬことを命じられていることを知っています。

私たちの唯一の望みは、神が私たちに機会を与えている間、福音を説教し続けることです—人々に神への信仰と恐れを発達させるように説得し、同胞を愛するように教え、神から与えられた人生を有意義に過ごすように人々を鼓舞し、そして、最終的に、人々が救済に相応になるために神に仕えるように導きます。

神が私たちを御助け、私たち全員を憐れんでくださいますように!神が病人を癒してくださいますように。神が私たちの土地を癒してくださいますように。


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この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

不確かな時代に、神の御名は私たちの避難所です


新型コロナウィルスの汎流行は全世界を驚かせました。それが訪れることを期待した国は無く、誰もそれに対する準備が出来ていませんでした。非常に多くの命が失われており、この病気が原因でどれだけ多くの人々が命を落とすことになるかは分かりません。

人々は、「何故、多くの人がこの新型コロナウィルスで死んだのか」と問いかけます。答えは簡単です。それは、聖書が「殺す時と死ぬ時」について話しているからです。

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コヘレトの言葉 3:1
天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

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コヘレトの言葉 3:2
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。

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コヘレトの言葉 3:3
殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。

言及されている「天の下の季節と時」は、地上の季節と時であり、神の国である天国のことではありません。そこには季節が一つしかないからです。

季節は自然の法則の一部であり、ここ地球上には、生まれる時、死ぬ時、殺す時など、すべてのものとすべての目的のための季節と時があります。

私たちに関する限り、私たちの生まれる時は来ましたが、死ぬ時はまだ来ていません。人々は死ぬが、人々は様々な方法で死にます。多くの人が自然で平和な方法で死ぬ一方で、並外れた方法で死ぬ人もいます。それは悲惨な死であるか、死ぬ前に多くの困難と不快感を経験し、長い間ベッドで苦しんでいなければならない等、新型コロナウィルスの犠牲者の一部に起こったように。

この世代では、多くの人がこの汎流行で死ぬ運命にあると思います。世界的な死者数は数十万人に達し、死者数は日を追うごとに増え続けています。これは聖書が言っていることの成就です:「死ぬのに時がある」「殺すのに時があり」

一般的に、すべての人は長生きしたいと考えています。寿命を定めたのは人間ではありませんが、主に恐れを抱けば長寿を望めます。

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箴言 10:27
主を恐れることは日をふやし、悪者の年は縮められる。

人々が死ぬための指定された時があるとしても、人々が死ぬために指定された時になる前に、人々が神への信仰と恐れを発達させることが出来たのなら、神が彼らの命を延ばす可能性はまだ100%の確率があります。言い換えれば、神は人々の死を遅らせたり延ばしたりするかもしれません。そして、それは時間と季節が主の管理下にあるため、非常に可能なことです。そして、神の憐れみによって、神はご自身を恐れる人々の日々を延ばして下さるかもしれません。

聖書には、子どもたちが長生きするための特別な注意書きもあります。

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エフェソ 6:1
子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。
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エフェソ 6:2
「あなたの父と母を敬え。」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、

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エフェソ 6:3
「そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする。」という約束です。

神の御言葉によれば、親に対して従順で敬意を表する 子どもたちは、長寿を約束されています。神の御言葉は決して偽りではないため、この約束が果たされることが期待できます。それらは常に真実なのです。

子どもたちには、長い人生を送るための鍵は、両親に対して敬意と従順であることであり、私たち罪人らにとって、それは私たちの罪に対する悔い改めと、神への恐れと従順となります。

ですから、私たちが今、直面しているこの汎流行から救われたいなら、もっと長く生きたいなら、そして、より良い未来を見たいのなら、あなたが犯した罪を悔い改め、神の御言葉を守り、あなたの邪悪な方法から離れ、正しい人生を歩み始めてください。

おそらく、今や多くの人々がもはや神を恐れなくなったため、この世界的な健康危機は本当に起こりそうです。おそらく、これは彼ら全員への目覚めの呼びかけです。

このような危機的な時期にあっても、同胞の窮状を利用する人々がまだいるのは非常に残念です。商品を買い占めて高値で売る人がいます。さらに悪いことに、貧困家庭への政府からの財政援助を削減したり、分配を得ようとする地方自治体の役人もいます。これらの役人の被害を受けているのは、貧しい家庭です。なんて酷い無情なんだ!

新型コロナウィルスの発生以来、半年以上が経過しています。この頃までに、ほとんどの人は公共検疫にウンザリして疲れていて、彼らは移動制限について不満を持っているようです。人々はこの健康危機の終焉を望み、通常の生活様式に戻りたいと思っています。ただし、ウイルスが封じ込められており、拡散が防止されている場合にのみ実現が出来ます。これを達成するためには、みんなの協力が必要です。しかし、一部の市民は、政府が採用した対策に正面から立ち向かったり、反抗的であり、協力的でない限り(フェイスマスクを着用し、遊行する代わりに家に待機するなど)、公共検疫が行われ続けられます。だから私たちはただ協力してみましょう。 新型コロナウィルスの治療法はまだありませんが、残りの人生を恐怖と悲惨さの中で過ごすよりも、今は少しの困難を犠牲にして耐えることの方が良いです。

私たちが今必要としているのは、共通の利益に向けた協調的な取り組みです。私たちは互いに助け合う必要があります。私たちは政府を助ける必要があります。また、現在の状況の難しさを緩和するために、どんなに小さくても、分担をしなければなりません。

最終的には、私たちの主な目的は、聖書に書かれた神と主イエス・キリストの教えを人々に共有することですが、私たちはすべての人に善を行う道徳的義務があることを知っています。それが、Members Church of God International(国際的・神の教会の会員たち)の助けを借りて、私たちは仲間の必要なことを継ぎ足すために最善を尽くしている理由です。

例えば、UNTV News and Rescue (情報と救助チーム)と協力して、健康に不安のある方に、無料でサービスが提供されている医師との24時間年中無休のオンライン相談を提供されています。

また、信仰のあるキョウダイたちだけでなく、宗教に関係なく他の人々にも、救援物資や必需品の袋を配布しています。そして、戸口から出してすぐに配達するので、住居から出かける必要がありません。結局の所ですが、外出中は常にウイルスに感染する危険性があります。

更に、私たちのキョウダイたちは、常に特別な注意を払い、健康に関するすべての手順を遵守し、政府の指示に耳を傾けるよう常に心がけています。何よりも、私たちは「常に神に祈り、神の介入を懇願するよう」とキョウダイたちに常に思い起こさせます。

新型コロナウィルスが人類に大混乱をもたらす時がいつなのかを誰も知りません。この不確実性が私たちの前にあるため、私たちの唯一の避難所は主の御名です。ですから、主の御名を呼び求めることを忘れずに、そして常に主の慈悲を求めましょう。 「死ぬ時」と「殺す時」がなるべく早く過ぎて、「癒す時」が近づくように祈りましょう。全世界は、神と主イエス・キリストだけが与えることができる「癒し」が必要としています。アーメン!

免責事項

この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

神の憐みは尽きることはない


私たちの毎日の生活の中で怠るべきではないことが一つあるとすれば、それは常に祈り、神に感謝することです。

私たちが毎朝に目覚める度、私たちの最初の発話は神への感謝の表現であるべきです。毎朝、神が私たちに対する尽きることはない神の慈悲と思いやりを表して下さっているので、私たちは、神が私たちに与えた真新しい日に感謝するべきです。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
哀歌 3:22
私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
哀歌 3:23
それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。

このような悲惨な時代に、全世界が悪病に悩まされている現在、私たちは今まで以上に神の憐れみと思いやりを必要としています。多くの人が毎日亡くなっており、神が私たちをその一人にすることを許さなかったことに私たちは非常に感謝しなければなりません。神の尽きることのない慈悲と思いやりによって、私たちは生き続け、安全であり、それも私たちの愛する人の一緒に居られることを楽しめています。そして、私たちが日々に直面している課題、不確実性、問題等を克服できるのは、神の憐れみと御助けのおかげでもあります。

神の憐れみと思いやりは毎朝新しくなります。ですから、神が私たちにくださる毎朝、私たちは神の思いやりと憐れみも期待できます。私たちがこの疫病によって引き起こされた絶滅から免れているのは、神の憐れみのためです。

確かに、邪悪な者、つまり神に不従順で反抗的な人々に、全滅と破壊がもたらされます。

しかし、神を認識し、神を恐れる者は、神の憐れみと思いやりを期待することができます。それは毎朝、彼らに新たに与えられるからです。

神と主イエス・キリストの管理下にある人々は確実に保護されています。そして、この保証は主イエス・キリストご自身によって与えられています。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
ヨハネ 10:28
わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
ヨハネ 10:29
わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。

しかし、神を信じない人、無神論者のように聖書を嘲る人、そして神への信仰が口だけの奉仕にすぎず、決して行動に現われない人は、すべて滅びて滅ぼされる運命にあります。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
ペトロ 二 2:12
ところがこの者どもは、捕えられ殺されるために自然に生まれついた、理性のない動物と同じで、自分が知りもしないことをそしるのです。それで動物が滅ぼされるように、彼らも滅ぼされてしまうのです。

私たちは神に祈るだけです。手遅れになる前に-神を持たない人々が滅びる前に-神と主イエス・キリストへの信仰が、彼らが救われるようにできるだけ早く心に湧くようにと祈るのです。

この疫病が今日も世界に蔓延し続けているため、明日に、またはこれからの数日間、私たちがまだ生きているかどうかはわかりません。この病気で命を奪われた何十万人もの人々の中に含まれるかどうかはわかりません。私たちは一人一人が死ぬことはあるとされていることを知っています。それは、誰が最初に死ぬのかという問題にすぎません。

ダビデ王は、すべての人が死ぬに違いないこと、そして、私たちの生活が神の御手の中にあることを完全に知っていました。そのため、別の女性によって生まれたばかりの息子が死ぬことを知らされた時、ダビデ王は息子の命のために断食し、神に祈りました。

しかし、神の布告が可決され、幼児の死がついに来たとき、彼は断食を終えて主の家に入り、神を礼拝しました—神の御心へのダビデ王の服従の仕草なのです。ダビデ王は自分の子どもが再び生き返らせることがダビデ王にはできないことを知っていました。また、指定された時間になると、彼も自分は死ぬことを知っていました。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
サムエル記下 12:23
しかし今、子どもは死んでしまった。私はなぜ、断食をしなければならないのか。あの子をもう一度、呼び戻せるであろうか。私はあの子のところに行くだろうが、あの子は私のところに戻っては来ない。」

神の民はいつの日か死ぬことを知っています。それはすべての人に対する定めです。
JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
ヘブライ 9:27
そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、

すべての人間は死ぬよう定められています。しかし、例え彼らが、たまたま私たちの敵の中で最も厄介な者であっても、私たちは彼らの死を祈ったり、願うべきではありません。私たちは、敵の死や不幸のためではなく、敵の改善のために祈ることをお勧めします。しかし、本当に他の人の評判を破壊し、SNSで偽情報を広めることに喜びを感じる人がいることは仕方がありません。私自身もそういう人たちの被害者です。彼らは、私の風格を不快にさせています—彼らは、SNSにて私が深刻な病気で死にかけていると投稿しました。

これらの人々にもっと良いことはないのだろうかと思います。偽情報を作り上げたり、広めたりするような無意味なことに夢中になる代わりに、特に何百万人もの人々が苦しんでいて助けを必要としている今、同胞に利益をもたらすようなことをしてみませんか?

私はまた、いくつかのメディアの人物、政治家、および政府の指導者に呼び掛けをしています。人の失敗探しに泥酔したりする代わりに、手を取り合って共同で利益を上げてみませんか?これは、互いに批判的で敵対的であるべき時ではありません。これはまた、政治的野心やその他の個人的な議題について考える時ではありません。これは、この汎流行と戦うだけでなく、政府によって課された封鎖令と公共検疫令によって悪影響を受けた人々に救いの手を差し伸べる際にも一致する時です。

封鎖中のため、今日も多くの人々が飢えに耐えています。多くの人々は、毎日の生活のために彼らに与えられている救援物資にのみ頼っています。維持薬が必要だが購入できない高齢者がいます。粉ミルクとオムツを必要とするが、両親のお金が足りないために手に入れることができない赤ちゃんや幼児がいます。そして、彼らが経験している問題や困難に対処することができないためにうつ病で既に苦しんでいる人もいます。

これが、政治的宣伝、政治的敵を批判したり、SNSで偽情報を広めたりするのに時間、労力、財源を浪費する代わりに、これらの苦しみと貧困の辛さを和らげるために時間を使う方がためになります。被災した市民たちに、少しの助けでも彼らにとって助かることをもたらすことができます。

政府は、この伝染に対処し、国民の福祉の管理をする上で、皆の助けと協力を必要としています。政府は市民に基本的な必要性を提供するためのあらゆる可能な手段を使い果たしていますが、政府ができることはそれだけです。政府の資源は限られています。実際、それはすでに枯渇しています。したがって、政府は民間部門の支援、特に宗教部門の支援を必要としています。

さまざまな宗教団体の指導者、つまりクリスチャンであると主張するこれらの個人は、彼らが真に人々のことを気にかけていること、そして彼らが人々の金銭的寄付の後だけが目的ではないことを会員たちに証明する時がきました。指導者や仕える者が華やかで豊かな生活を送る宗教団体は、少なくとも、それぞれの会員の基本的な必要生活用品を提供する必要があります。そして、彼らは政府に税金を払っていないので、彼らができることの少なくとも一つは、これらの必要生活用品が本質的に物質的であろうと財政的であろうと、貧しい会員たちの必要生活用品不足に対処することです。

私たちの宗教団体、Church of God International について私が本当に誇りに思っていることの一つは、私たちは貧しく、他人の目には低く見えるかもしれませんが、信仰を持つキョウダイたちが食べ物が無くて乞うや飢死することありません。私たちの同胞の教会のワーカーたちは、それぞれの割り当ての場所で貧しいキョウダイたちの福祉状態をチェックし、彼らに食糧や薬のような本質的な必要生活用品を提供するようにワーカーたちに指示されています。

私の要点は、私たち自身の小さな方法で、恵まれない同胞の負担を軽減することができ、救援活動において政府の協力者になることができるということです。

一般市民としても、政府当局者や医療専門家の指示に対応し、遵守することで、この新型コロナウイルスの蔓延防止に貢献できます。政府当局者や医療専門家が私たちに家にいるようにと言い寄るのならば、私たちは自宅待機をしましょう。検疫期間をさらに延長する場合は、反対しないでください。それは私たち自身のためです。

実際、検疫や自己分離の考え方には聖書的な根拠があります。

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レビ記 13:46
その患部が彼にある間中、彼は汚れている。彼は汚れているので、ひとりで住み、その住まいは宿営の外でなければならない。

悪病の蔓延を防ぐために、イスラエル人は「ひとりで住む」ように命じられました

別の書では、イスラエル人たちは彼らの部屋の中に行き、疫病が通過するまで隔離されるように指示されました。

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イザヤ書 26:20
さあ、わが民よ。あなたの部屋にはいり、うしろの戸を閉じよ。憤りの過ぎるまで、ほんのしばらく、身を隠せ。

現在、政府と保健当局によって課されている措置は、実際には新しいものではないと言えます。それらは旧約聖書と同じくらい古いです。

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歴代誌下 26:21
ウジヤ王は死ぬ日までらい病に冒されていたので、らいを病む者として隔離された家に住んだ。彼は主の宮から絶たれたからである。その子ヨタムが王宮を管理し、この国の人々をさばいていた。

ウジヤ王の死の日まで、ウジヤ王はハンセン病にかかっていたので孤立して住んでいました。ウジヤ王は人々に感染しないように他の人々から距離を置いた。

新型コロナウィルスはハンセン病よりも致命的で感染しやすいことを考えると、私たちの時代では、自己検疫または自己隔離を実践する必要があります。権威のある人々が推奨している健康手順を厳守しましょう。家にいることが感染しないための最良の方法です。ただし、特定の症状が現れた場合は、現在すでに利用されている様々な通信台を介し、すぐに医療専門家に相談してください。例えば、フィリピンでならUNTV放送局には24時間年中無休の通信クリニックがあり、自宅から出かけることなく、健康上の懸念について医師に相談できます。日本でならば、厚生労働省が設けた「帰国者・接触者相談センター」に相談できます。

特に一般の従業員と毎日の賃金労働者にとって、確かに封鎖令と検疫期間を課されるは貧しさを招きます。しかし、それは正しい選択をするだけの問題です。家にいて空腹感をたまに体験するのが遥かにマシなことです。少なくとも、あなたは安全で、まだ生きています。家で退屈することについて文句を言わないでください。愛する人と一緒にいると、何故に退屈するのですか?家族と絆を深め、公共検疫期間を最大限に活用してください。財布が空になっても問題ありません。あなたの人生はお金のいっぱい財布よりも価値があります。あなたが外出して生計を立てよると主張するなら、あなたは、あなたの安全とあなたの家族の一員の安全を危険に晒すことになります。あなたの知っている全ての為に稼ぐであろうお金で、この致命的なウイルスに感染したまったら、稼いだお金はあなたの入院のために費やされるだけです。そして、感染した場合に回復できるという保証はありません。家にいることで安全を確保できる可能性があります。

しかし、必要なすべての予防策を講じることは別として、私たちの最も強力な武器となるのは、全能の神への祈りです。私たちに与えられるすべての機会-朝、正午、午後、夕方-で私たちは神の慈悲のために祈りましょう。神の慈悲と思いやりは、神を恐れ、神を信じる人々にとって確実なことです。それらの慈悲は毎朝、新しいです。

ですから、目覚める毎朝、神の憐れみを受け入れる機会を与えてくださった神に感謝することを忘れないでください。私たちが今まで生きているのは、神の憐れみのためです。

神に感謝します!


免責事項

この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

私たちが神に従えば、何も心配することは無い


本当のクリスチャンの際立った特徴の一つは、やって来る不快なことに対して簡単に落胆しないことです。悩みと心配の真っ只中に、本当のクリスチャンは精神の中では、ある程度の落ち着きと静けさを保ちます。これは逆境の影響を受けていないからではありません。神を認識し、神を恐れる人々の心の中では、何が起こっても最終結果は常に神を愛する人々のためになると信じています。

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ローマ 8:28
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

神をまことに愛し、恐れ、敬い、従うならば、神を愛する人々のために、起こるすべてのことを神が許可してくださったという原則に基づき、見るべきです。そして、神を愛するその人々は誰ですか?

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ヨハネ 一 5:3
神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。

神を愛する人々は、神の戒めに従う人々です。神を愛しているからこそ、神の戒めを守ることであるためなので、神の戒めへの従順は神を愛することの現れなのです。ですから、私たちが本当に神を愛しているなら、つまり、神の戒めに従い、聖書の教えに信仰をもっているなら、悪いことが起こっているとは私たちは言いません。神に不従順な人には悪いことが起こります。

イスラエル人の時代、彼らがすべての戒めと律法を守らないと、呪い、疫病、疫病が起こると神は彼らに警告しました。警告の意図は、彼らに苦痛を与えることではなく、彼らが邪悪なことをするのを阻止することでした。

悪病や疫病のような不愉快なことが起こったとき、実際に、彼らの邪悪な行ないから離れることができるように、不従順な人と悪しき者の注意を神は呼び求めておられたと言えます。しかし、彼らが神の警告を何気のないことだと捉えようと選ぶようなら、彼らの不従順の結果、確実に彼ら自身が苦しむでしょう。その結果の一つは、悪病の発生です。

申命記28:22で、神は、ご自身に不従順な人々に降りかかる呪いと悪病を列挙しました。

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申命記 28:22
主は、肺病と熱病と高熱病と悪性熱病と、水枯れと、立ち枯れと、黒穂病とで、あなたを打たれる。これらのものは、あなたが滅びうせるまで、あなたを追いかける。

神は、彼らが神の戒めに従順であることを望み、その結果、上記の呪いや疫病が彼らに襲われないようにしておられているのです。

現在、私たちの周りを見回すと、多くの人々が神に非常に不従順になったことがわかります。彼らは、神の御言葉を無視します。彼らは、神を恐れません。彼らは、霊的に関連することではなく、世俗的な快楽、唯物論やあらゆる種類の悪に耽っています。彼らの生き方と先入観は、ノアの時代の人々やソドムとゴモラの人々のそれと実質的に似ています。

その時代では、神に従順な人をほとんど見つけることができませんでした。神に従順な人は非常にまれでした。神が彼らを滅ぼした時、救われたのはごく少数の人々だけでした。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
ペトロ 一 3:20
昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。わずか八人の人々が、この箱舟の中で、水を通って救われたのです。

ノアの時代、洪水から救われたのはたった8人の魂だけでした。ソドムとゴモラでは、火から救われたのは3人だけでした—ロトと彼の2人の娘です。

エリヤの時代でさえ、大飢饉から救われたのはたった一人の未亡人だけでした。

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ルカ 4:25
わたしが言うのは真実のことです。エリヤの時代に、三年六か月の間天が閉じて、全国に大ききんが起こったとき、イスラエルにもやもめは多くいたが、

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ルカ 4:26
エリヤはだれのところにも遣わされず、シドンのサレプタにいたやもめ女にだけ遣わされたのです。

飢饉と同様に、ハンセン病も一種の悪病です。預言者エリシャの時代、イスラエルでは非常に多くの人々がハンセン病に苦しんでいました。しかし、多くのハンセン病患者の中で、ナアマンだけが浄化され、他のすべてのハンセン病はその病気で亡くなりました。

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ルカ 4:27
また、預言者エリシャのときに、イスラエルには、らい病人がたくさんいたが、そのうちのだれもきよめられないで、シリヤ人ナアマンだけがきよめられました。」

現在、全世界は別の疫病、新型コロナウィルスと呼ばれる新しいコロナウイルスによって引き起こされる汎流行に悩まされています。毎日、世界中で新型コロナウィルス陽性の数が増え続けており、多くの人が怖がっているのは、このウイルスと戦うことができるワクチンがまだ処方されていないということです。

これまでの記事では、疫病の発生には2つの理由が考えられます。第一に、人の反抗と神への不従順のために、それらは神から送られるかもしれないこと。あるいは、青ざめた馬に乗っている騎手が原因である可能性があります(黙示録6:8)。

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黙示録 6:8
私は見た。見よ。青ざめた馬であった。これに乗っている者の名は死といい、そのあとにはハデスがつき従った。彼らに地上の四分の一を剣とききんと死病と地上の獣によって殺す権威が与えられた。

ニ千年前にヨハネに与えられた黙示の中で、剣で、空腹で、そして地球の獣で殺すように命じられた青ざめた馬に乗っている騎士を見ました。それがもたらす大混乱は、地球の4分の1を殺す力を与えられているため、非常に大きなものです。

この新型コロナウィルスの汎流行が青ざめた馬に乗っている騎士が原因である場合、サタンはすべての人の破壊を望んでいるので、サタンはその騎士の裏で間違いなく居ます。しかし、これが人間の邪悪さと神への不従順の結果である場合、私たちはいつでも悔い改め、神に祈り、神の赦しと憐れみを呼び起こすことができます。

実際、このトの原因が青白い馬に乗っている場合は、神はウイルスの致命的で最も壊滅的なペストを制御する力を持っているので、神の介入を求めるべきです。聖書で預言されていた疫病の中では、これは最悪なものではないことを祈りましょう。

しかし、この疫病を引き起こした人は何であれ、これによってすべての人が滅亡することはありませんし、これがこの地球の終わりを告げることはまだないでしょう。それは、聖書が地上での主イエス・キリストの千年の治世についてまだ語っていて、主が戻られると千年の治世が始まるからです。

私は、地上でのキリストの千年の治世を、人々が悔い改めて信仰を持ち、神と主イエス・キリストの教えを受け入れる猶予期間と見なしています。そして、主イエス・キリストが統治している間、サタンがより多くの人々を欺くことを防ぐためにサタンが投獄されるので、人々が悔い改めて信仰を持ち、神と主イエス・キリストの教えを受け入れることが起こる可能性が大きなのです。

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黙示録 20:3
底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。

When the Lord Jesus Christ returns, He shall resurrect His holy servants, and they shall reign with Him for 1,000 years. This is called the first resurrection.

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黙示録 20:5
そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の復活である。

最初の復活では、すべての死者を復活させるのではなく、キリストにあって死んだ人々だけを復活させます。残りの死者が復活するのは、千年の後のことです。第一の復活の一部となる人々は、二度目の死が彼らに対する権力を持たないので、祝福され、神聖であると見なされます。

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黙示録 20:6

この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。

新型コロナウィルスはまだ人類の4分の一を殺す青ざめた馬に乗る騎手によってもたらされる疫病ではありません。主なる神は、千年もの間、人類がキリストと主の聖なる従者たちに支配されることを許可します。

良い知らせは、キリストの千年の治世において、これ以上の疫病がなくなることです。百歳に達しないと子どもは死なないので、子どもたちは自分の人生を最大限に生きることになります。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
イザヤ書 65:20
そこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も、寿命の満ちない老人もない。百歳で死ぬ者は若かったとされ、百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。

しかし、一方で、百歳に達する罪人は呪われます。

第一の復活に含まれる者は神様にあって王と祭司とされる者たちだけです。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
黙示録 1:3
この預言のことばを朗読する者と、それを聞いて、そこに書かれていることを心に留める人々は幸いである。時が近づいているからである。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
黙示録 1:4
ヨハネから、アジヤにある七つの教会へ。常にいまし、昔いまし、後に来られる方から、また、その御座の前におられる七つの御霊から、

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
黙示録 1:5
また、忠実な証人、死者の中から最初によみがえられた方、地上の王たちの支配者であるイエス・キリストから、恵みと平安が、あなたがたにあるように。イエス・キリストは私たちを愛して、その血によって私たちを罪から解き放ち、

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
黙示録 1:6
また、私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。キリストに栄光と力とが、とこしえにあるように。アーメン。

そして、彼らは主キリストと共に千年の間、世界を治世します。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
黙示録 20:4
また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。

繰り返しますが、キリストが戻ったとき、地球はまだ破壊されません。 千年が経過するまで存在し続けます。主イエス・キリストの再臨は、世界の終わりを示すものではありません。それが示すのは、第一の復活、または王や司祭となるキリストの聖徒たちの復活です。そして、彼らはこの地上で治世します。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
黙示録 5:8
彼が巻き物を受け取ったとき、四つの生き物と二十四人の長老は、おのおの、立琴と、香のいっぱいはいった金の鉢とを持って、小羊の前にひれ伏した。この香は聖徒たちの祈りである。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
黙示録 5:9
彼らは、新しい歌を歌って言った。「あなたは、巻き物を受け取って、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、ほふられて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神のために人々を贖い、

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
黙示録 5:10
私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。」

これは、キリストの治世が地上ではなく雲の中で行われるというマナロ氏のINCの信念とは対照的です。何故なら彼らは、キリストが戻られた時、この地球は破壊されると信じているからです。彼らのテレビ番組では、「キリストが地上に戻って来られた時に地上で治世する」という私の声明に皮肉にも反対する神経さえも彼らの仕える者たちは持っていました。


マナロ氏のINCは、この全世界が主イエスキリストが戻られる時に燃やされると信じています。それは真実ではありません!それが本当なら、キリストと主の聖徒たちは千年の間の誰を支配するでしょうか?そして、第一の復活に含まれなかった人々はどうなりますか?明らかに、マナロ氏のINCの彼らは地上でのキリストの千年の治世について何も知りません。

主イエス・キリストが戻られた時、主は神の御心を果たして死んだ人々を復活させ、彼らは地上で主と共に千年の間に治世すると聖書には明確に述べられています。

千年の間に、キリストと主の聖徒たちは、地球上でまだ生きている人々を治世します。これらはまだキリストの教えを聞いたことがない人々、まだ神と主イエス・キリストを信じていない人々であり、彼らは多くいます。私が指摘しようとしていることは、地上での生命はキリストの千年の治世の間中にずっと続くということです。

マナロ氏のINCがキリストがこの世界に戻られた時にすでに焼かれているという主張を信じるなら、それは第一の復活に含まれなかった人々がもはや復活しないことを意味します。それらはすべて焼かれますからね。そして、キリストと主の聖徒たちは、彼らが千年の間に治世するとき、ただ雲に浮かぶでしょうね。馬鹿げていますよ!

しかし、私はマナロ氏のINCの仕える者たちの教会の創設者であるフェリックス・マナロ氏から受け取った教えを口頭で述べているだけなので、そのように考えたことについて完全に非難することはできません。

 

“Sa dalawang sunod na lathala tungkol sa paksang ito ay maliwanag na ating natiyak, sa pamamagitan ng mga hula sa Banal na Kasulatan, na si Kapatid na Felix Manalo, ay huling sugo ng Diyos sa wakas ng lupa. Kaya huling sugo, gaya nang ating napag-aralan, ay sapagka't pagkatapos ng gawaing kanyang isinasagawa, samakatuwid baga'y ng pangangaral ng mga dalisay na salita ng Diyos, ay wala nang iba pang sugong darating kundi ang kakila-kilabot ng paghuhukom o ang katapusan ng pag-iral ng sanlibutang ito.”

訳:「この話題に関する次の二つの出版物では、聖書の預言を通して、フェリックス・マナロ兄弟が地上での神の最後の使者であることをハッキリと保証しました。私たちが研究したように、彼が行なった働きをした後、それは神の純粋な言葉の説教であるので、彼は最後の使者です。他の使者が来るのではなく、恐ろしい裁きやこの世界の存在の終わりを迎えるのです。"

彼らは、フェリックス・マナロ氏が最後の使者であり、彼の後に来る他の使者は無いと信じています。そして、彼らの公式出版物によると、彼の説教が完了すると、この世界の終わり、または裁きの日も来るでしょうという。それは非常に間違った教えであり、聖書的な根拠はありません。

私は繰り返しますが、聖書によると、キリストは地上で千年の間に治世し、それは主が戻られた時に始まります。主は、多くの人が「携挙」と呼ぶものに含まれていなかった何十億人もの人々を統治します。

先に述べたように、人類を妨害したり欺いたりする悪魔は投獄されているため居ないので、この千年の間は至福になるでしょう。人類は疫病のない生活を楽しむでしょう。人は百歳になるまで生きます。そして、世界のすべての腐敗した政府は破壊されるでしょう。

そして何よりも、この千年はより多くの人々に救済の機会を与えます。これはまた、非信者がキリストを知り、また、どこでも宣べ伝えられる福音を通してキリストを信じる機会となるからです。キリスト教の説教は現在、インド、中東アジア、そして偽りの神々が崇拝されている他の国々のように禁止されていますからね。

千年の猶予期間の後、第一の復活に含まれなかったすべての死んだ人々は裁きに直面するために復活しなければなりません。その後、悪魔と神のすべての敵は火と硫黄の海に投げ込まれます。そして、これらすべての後になって初めて、この地球は破壊されます。

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黙示録 20:10
そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。
※誤訳注意※
池=X
海=〇
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黙示録 20:11
また私は、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなった。

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黙示録 20:12
また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行ないに応じてさばかれた。

私が辛抱強く丁寧に説明しているのは、人々に希望を与えたいからです。人類の経験が人類を完全に滅ぼすわけではないという疫病を人々に認識させたい。すべての人がまだ死ぬわけではありません。何故なら、主イエス・キリストが戻られて、主がまだ地上で千年の間に治世するからです。

私はこれらすべてを、特にまだキリストを信じていない人々のために説明しています。彼らと主イエス・キリストの教えを共有することにより、私たちクリスチャンは私たちの愛情を彼らに広げること、いつか彼らが主への信仰を育むことを期待しています。

私たちは、彼らにキリストとクリスチャンの信仰を紹介する器でなければなりません。あるいは、彼らが長生きする機会を得た場合、彼らが主イエス・キリストが戻られた時にまだ生きていて、キリストと主の聖徒たちが今後の千年の間に統治される人々の中に彼らがいるのなら、キリストの治世で彼らの中で主の教えを信じて受け入れ、救済に相応になることを願っています。

新型コロナウィルスに対する世界の戦いは続いていますが、私たちは常に細心の注意を払う必要があります。神が私たちを守らなければ何もできないので、私たちは常に神の御保護を祈願すべきです。そうすることで私たちは愛する人たちも保護されるので、私たちは自分自身を守ることにおいても協力しなければなりません。

しかし、この世界的な健康危機がさらに長く続いたとしても、私たちは心の中に希望の気持ちを生き続けさせましょう。神を恐れ愛する私たちに希望があります。そして、何が起こっても、主が言われたことを握ってみましょう。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
ローマ 8:28
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

日本語では、「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださること」

スペイン語では、「Y sabemos que todas las cosas cooperan juntas para el bien de los que aman a Dios, los que son llamados segun su proposito.」

ポルトガル語では、「Sabemos que todas as coisas cooperam para o bem daqueles que amam a Deus, daqueles que sao chamados Segundo o seu proposito.」。

現在、世界で何が起こっていようとも、これが神を恐れ、愛する人々のためになると信じることは、私たちの信仰の一部です。アーメン。

免責事項

この日本語翻訳は、私たちの通訳者たちの全力を尽くし最高度の注意をもって翻訳されました。しかし、ControversyExtraordinary.com は諸要因により翻訳された情報の正確さを保証しません。本来の言語である英語版と日本語版に不一致があった場合でも、本来の英語版が常に優勢です。

神の御言葉は、傷つく世界に正真正銘な希望をもたらす


新型コロナウィルスの世界的な猛攻撃は、多くの人々の意識を適切な衛生状態に目覚めさせました。以前は。ほとんど日常業務の一部にならなかった習慣が、現在この大流行の真っ只中では標準になっています。石鹸と水で頻繁に手洗いをし、くしゃみや咳をするときは口を覆い、マスクを着用しています。テレビのCM等が宣言するように、これらは新型コロナウィルスに対する最初の防御線です。

ウイルスや細菌によって引き起こされる病気の獲得と蔓延に対する予防策を講じることは、本当に新しいことではありません。イスラエル人の時代、神は彼らが汚れたと分類されたものに触れたときはすぐに自分自身を入浴させ、彼らが着ていた服を洗うように彼らに命じました。

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レビ記 11:28
これらの死体を運ぶ者は、その衣服を洗わなければならない。その人は夕方まで汚れる。これらは、あなたがたには、汚れたものである。

不潔と見なされた動物は、いわゆる腐肉食動物でした。不潔な動物の例としては、豚、犬、ラクダ、ワシ、ハゲワシなどがあります。当時、これらの動物のいずれかが死亡し、イスラエル人がその死体を運んだり触れたりした場合、イスラエル人は風呂に入ってすぐに服を洗いました。その後も、夕方まで汚れていると見なされます。他の人はそのような警告の背後にある知恵が何であるかを尋ねるかもしれません。主に、それは彼らの保護のためのものでした。汚れた生き物の死骸に触れたり運んだりすると、ウイルスや細菌が衣服に付着したり、知らないうちに移動したり皮膚に転移したりする可能性があります。そこで、微生物が原因となる病気にかかるのを防ぐため、すぐに風呂に入って服を洗うように指示されました。

その時代、モーセを含むイスラエル人は、真菌、ウイルス、細菌などの微視的な生物と、それが彼らの生活にもたらす可能性のある危険について何も考えていなかったことを理解する必要があります。しかし、これらの微生物から彼らを守るために、神は彼らが汚れていると分類されたものの死体に晒されたり、接触したりしたときに何をすべきかについて具体的な指示を彼らに与えました:彼らは風呂に入ってすぐに服を洗うべきこと。神からイスラエル人に与えられたその特別な予防策は、聖書は、科学の進んだ書物であることのもう一つの証拠です。

しかし、イスラエル人とは異なり、現在の世代は、ウイルス、その伝染手段、および必要な予防策について、つまり新型コロナウィルスが登場する前に、よりよく理解しています。新型コロナウイルスであり、人類を攻撃したのはこれが初めてであるので、その初期の発症の間、医療専門家でさえ。自分たちがそれを正確にどのように扱うべきかについて不確かであったことを覚えておくでしょう。そして、彼らは斬新で、少なくともその効力を中和することができるワクチンをまだ処方出来ていません。

今日まで、多くの国が「曲線の平坦化」にまだ成功していないため、新型コロナウィルスの汎流行はまだ終わっていないと言えます。

多くの国では、ウイルスを封じ込め、ウイルスの蔓延を防ぐために、より厳格な措置を講じています。集団集会は禁止され、商業施設は閉鎖され、大量輸送、仕事、および学校はすべて停止されます。戦いの叫びは、「ステイホーム、ステイセーフ(家にいる、安全を保つ)」です。

私たちのほとんどは家にいるだけですが、遊ぶや端末機器やゲーム機で一日を過ごすのではなく、より価値のあるもの(聖書にある神の御言葉を読むなど)に費やしてみませんか?案じりませんか?

これは申命記28:59で述べられたことであり、それは「長い間続く」疫病であるかもしれません。あるいは、私たちが悔い改めて神に立ち返り、神の御心を守るなら、神の憐れみで止められるかもしれません。

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申命記 28:59
主は、あなたへの災害、あなたの子孫への災害を下される。大きな長く続く災害、長く続く悪性の病気である。

私たちは毎日、ストレス、うつ病、不安、恐怖、そしてロックダウン、作業停止、資金不足など、新型コロナウィルスによって引き起こされるその他の日常的な問題と闘っています。私たちはこの困難な状況に対処するためにあらゆる方法を試みました。悲しいことに、私たちは最も重要なこと、つまり悔い改めて神に立ち返り、聖書に書かれた神の御言葉を読むことを怠っていました。聖書を読むと、悟りだけでなく希望や慰めも見つかります。

JAPANESE SHINKAIYAKU SEISHO
ローマ 15:4
昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。

ほとんどの場合は、人々は誤った希望しか与えないので、本当の希望は、どの国のどの大統領によっても、またはその問題について他の誰かによってなされた約束にもありません。正真正銘の希望は聖書にある神の御言葉から来ています。

私たちは皆、聖書の神の御言葉に慰めと正真正銘の希望を見出しますように。アーメン!

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